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「魔法は探し求めている時が一番楽しい」


by chatnoir009
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戦略的思考のススメ

 アメリカ政府が安倍首相の靖国参拝に遺憾の意を示し、さらには上から目線で日韓関係の改善を迫る態度に接しますと、感情的に気分の良いものではありませんが、それと同時に1941年の日米交渉を彷彿とさせてくれます。日米交渉とは当時悪化しつつあった日米関係の改善と東アジアの安定のため、日米間で半年以上かけて断続的に行われた外交交渉です。日本側の狙いは、アメリカからの石油など物資の輸入と日中戦争の斡旋、アメリカ側の狙いは中国への経済的な参入とアメリカを仮想敵国とした日独伊三国同盟の無効化にありました。
 結論から言えば日米交渉は失敗するのですが、その理由には諸説あります。しかし根本的な問題として、日米の問題に向き合う際のスタンスの違いが大きかったのではなかったかと思います。アメリカの政治家は問題を考える際にはまず戦略的に大きな原則を描き、そこから細部を詰めて行くトップダウン方式です。日本の場合は、最初に官僚などが細部をつめ、上に持って行くボトムアップ方式です。日米交渉の際、アメリカ側はまず「ハル四原則」なる非常に抽象的な大枠を決め、そこから交渉を進めようとします。しかし日本側はまず大枠を決めてから交渉することに慣れていませんので、細部から詰めて行こうとします。そのため、「日米諒解案」という個別の具体案を準備して交渉に臨むわけです。しかしこれでは議論は全くかみ合いません。例えば最大の懸案であった日中戦争について、日本側は「まずアメリカに日中の仲裁をやってもらい、その後、戦争を終結したい」と訴えたのですが、アメリカ側は「すべての国家の領土保全と主権の尊重が第一(交渉を始めたかったらまず日本が中国から手を引きなさい)」と言って全く聞く耳を持ちません。つまり日本側は個別交渉から入ろうとしているのに対し、アメリカ側は原理原則から入ろうとしているので、最後の最後まで議論は平行線の様相を呈します。
 日米交渉の教訓としては、アメリカの政治指導者の考え方は原則論や戦略論であり、日本のそれは個別の具体論です。これは日米それぞれの考え方に根差しているとも言えます。日本は現場からトップまでがどちらかといえば現場主義的であり、ボトムアップとすり合わせが得意です。逆にアメリカでは現場は現場が考えること、トップは大枠を示し現場には関心を持たない、といったところでしょうか。これを最近の日米韓関係に当てはめてみますと、アメリカはまず朝鮮半島有事や日中戦争といったシナリオを大枠で描き、そこから「有事の際には日米韓関係の結束が重要だから、まずは靖国よりも日韓関係を修復してね」という具体的な結論を導き出します。片や日本は「靖国は心の問題である」、「日韓関係は手詰まりだ」という近視眼的な観点から物事を考え、「アメリカさん、日韓の間に立って何とかしてくださいよ」という結論に辿りつつあるのかと。これでは日米交渉の時と同じく、お互いの意見は平行線のままです。ついでに言いますと、アメリカは日韓の間にも立ってくれないでしょうし、どちらかに肩入れというケースもありそうにありません。しかし日本と韓国はアメリカを少しでもこちら側に引き込もうとしているわけです。
 この構図は、日米交渉を行っていた時の、日中関係にも似ています。当時、日本と中国はなんとかアメリカをそれぞれの側に付けようとします。日本は正面から外交交渉で何とかしようとしますが、片や中国側は猛烈なロビー活動でワシントンに食い込んでいきます。その結果、最後の最後の段階で、ハル国務長官が中国側の主張を受け入れ、ハルノートという対日強硬案を日本側に提出するという、日本にとっては最悪の状況に陥るわけです。

 個人的には歴史が繰り返されるとは考えませんが、歴史から教訓を学ぶことは可能だと思います。つまり日米交渉の失敗から学ばないといけないことは、①日本は戦略的に大局から物事を考える必要があった、②対米ロビー活動は馬鹿にならない、といったあたりでしょうか。日本がアメリカに合わせて戦略的な考えをする必要などない、という意見もありますが、少なくとも当時の日本は原油輸入の80%以上をアメリカに頼っていたにも関わらず、戦争を挑んだという非合理的な行動を取っています。現在の日本も安全保障をアメリカに頼っている以上、日米間で交渉を進めていくのであればやはりアメリカと同じ視点に立つしかないかと思います。さらに言えば、中国などもアメリカに近く、戦略的な考え方をするわけですから、その中で日本だけが細部に拘って大局観を持たないのもどうかと。
 戦略といえば今年に入ってようやく日本版国家安全保障会議(NSC)が出来たのですから、こちらで検討していただきたいのですが、問題は、日本人に染みついたボトムアップのやり方を変えられるかどうかです。やはり戦略を立てるには、まずは政治リーダーが大きな図を描き、それをNSC事務局で具体化できるかどうかです。やってはいけないのは、事務方であるNSC事務局が戦略を考え、それを政治リーダーに上げてしまうようなやり方でしょう。これでは戦前、軍の中堅官僚がやったことと全く同じです。その結果、日本はアメリカとの戦争をやらざるを得ない状況に追い込まれてしまいました。

 さらに戦前の状況と被るのは、日本はロビー活動では中国や韓国に後れを取っている、といった点でしょうか。ロビー活動についてはなかなか難しいのですが、ここは中韓以上にアメリカにがっちり食い込んでいるイスラエルあたりに教えを乞うた方が良いかもしれません。
 あとは日本と韓国(、中国)との関係も修復していく必要があるのですが、国民の目に付きやすい外交交渉が難しければ、裏のルート(バックチャンネル)の構築が不可欠かもしれません。これは諸外国では対外情報機関などがこっそりとやる仕事ですが、意外と効果があるようです。例えば1977年のイスラエルとエジプトの電撃的な和解は、両国の情報機関同士が秘密裏に接触したことが始まりでした。お互いの国民感情を考えれば、外交交渉から始めるのはほぼ不可能だったと思います。日本の外務省は戦前、軍が外交に介入したことを踏まえ、外交の一元化を掲げていますが、表向きの外交だけですべてが解決できるほど国際社会は甘くなさそうです。ビジネスや身の回りにおいても、表面的な会議だけで物事は決定されず、根回しや裏交渉は必要不可欠なのですから、こういった現実的な対応も必要かなと思います。しかしその前にまずは我が国に対外情報機関を設置しないといけないのですが。。。
# by chatnoir009 | 2014-02-18 22:54 | 国際情勢
 巷で騒がれている、陸自の情報組織、陸上幕僚監部運用支援・情報部別班ですが、最初に断っておきますと、私はこの組織の存在や活動については初めて聞きました。有名なシギント機関、調査2部別室のヒュミント版ということになるのでしょうか。しかし概要は推測することができます。
 報道では日本版CIAとか陸自のスパイ組織とか書かれていますが、まず自衛官が海外で身分を偽装して活動できるのか、という点を考えないといけません。経験上、身分の偽装は不可能です。なぜなら日本国民である以上、公務、私用に関わらず、出国する際には必ずパスポートが必要であり、外務省は偽名や身分を偽ったパスポートの発行は一切認めていません。恐らく情報収集目的となると公務パスポートか外交官パスポートになるのですが、両者とも身分と本名がばっちり記載されますので、赴任先で身分を偽って行動することは極めて難しいと思います。
 それでも国の機関であれば外務省は偽装パスポートを発行しているのでは、とも邪推できますが、外務省からすれば自衛隊が海外でヒュミント活動を行うのは外交一元化の面からも好ましくありませんので、むしろ止めて欲しいぐらいでしょう。ですので恐らく海外に派遣された自衛官は、赴任国の日本大使館に所属せず、大学や研究機関に所属、もしくはフリーの身分で調査活動をしていたのだと推測できます。でもこれって、よく公務員が海外留学や海外の研究機関に所属しているのとあまり変わりません。私自身も英国のシンクタンクに所属していましたので何となくわかりますが、この身分だと秘密情報活動はまず不可能です。できるのは色々な国の大使館のパーティーや国際会議に出かけ、そこで意見交換するぐらいでしょうか。まぁこのような情報収集もバカにはならないのですが。
 予算については、これは多分、陸幕の調査費用名目あたりで拠出されていたのだと推察できます。恐らく最大の問題は、歴代の防衛庁長官・防衛大臣がこの事実を知らなかったのか、という点だと思いますが、これは極めてデリケートな問題です。「知らなかった」では監督不行届になりますし、「知っていた」でも政治的な問題になりますが、「知らなかった」であればなぜ陸幕がそれをきちんと報告しなかったのか、という話になります。ただ個人的には恐らく知っていたけれどもそれを言ってしまうと政治問題に発展する可能性があるので、とりあえずは「知らなかった」ということにしているのではないかと推測します。
 つまり「知らなかった」は文民統制の問題に発展し、「知っていた」は大臣の政治責任に発展します。あとはどちらがより深刻な問題になるかを見極めることが必要になってくるでしょう。

 この件に関してはジャーナリストの黒井文太郎さんも書かれていますので、興味のある方はコチラをどうぞ。
# by chatnoir009 | 2013-11-30 15:23 | インテリジェンス

秘密保護と情報公開

 今週、野党各党が自民党との特定秘密保護法案の修正協議を始めたのを契機に、報道機関の論調も少しずつ変化し始めているような印象です。特に反対派の一角であった毎日新聞が、今週月曜の社説で秘密保護法に一定の理解を示しましたし、先週から読売あたりも外部の意見を引用する形で、秘密保護法の必要性を記事にしています。テレビ報道も似たような方向です。もちろん現実政治が修正協議に入ったので、それを客観的に報じれば修正協議のニュースになるのは自然だと思いますが、恐らく各社とも原則反対から条件闘争に切り替え、とりあえずは観測気球を上げてみたといったところでしょうか。ここ数か月、秘密保護についてなるべく多くの学者やジャーナリストの方々と議論してきましたが、意外と「個人的には理解できるが、組織としては。。。」という意見が聞かれました。ですのでどこの組織も反対一色というわけではなさそうです。
 ただ政治にしても報道の論調にしても、ここまで話が進んでからの条件闘争は遅きに失したという気がします。本来であればもっと早くから条件付きの賛成論、反対論を打ち出し、政府からの譲歩を引き出すことが肝要だったのですが、「とにかく反対」だけでは議論が進まず、その結果、どんどん話が進んでいるのではないかと思います。もちろん原理原則で反対という立場があっても良いのですが、反対派は感情論ではなく、理論的に詰めて条件闘争に持ち込むべきだったのではないかと思います。
 そもそも国家に秘密が存在し、それを守らなければならないという原則自体に反対する意見はほとんどないのですから、では具体的にどうやって秘密を守るのか、秘密保護法案のどこが問題なのか、といったことをもっと議論しないといけません。さらに与党が両院であれ程の多数を占めている現状からすれば、原則的な反対が法案成立に影響を与えることは難しいでしょう(まだ捻じれていれば何とかなるかもしれませんが)。そもそも1985年のスパイ防止法案の頃と今では法案の中身も社会の空気も全く違います。
 

 ただ個人的には秘密指定の方よりも公開の方をもっと議論すべきだと考えています。例えば情報公開の時期が「30年後」は良いのですが、その後ずっと延長することが可能というのは研究者としては困ります。やはり最長〇〇年と年限を区切るべきでしょう。アメリカは最長75年、イギリスは100年のようですので、そのあたりを参考にすべきではないかと思います。それでは長すぎるという意見もあるのでしょうが、秘密の中には大量破壊兵器の設計図や暗号技術のようないつまで経っても公開し辛いもの、外国からの情報でサード・パーティールールに抵触しそうなもの、また情報提供者が長生きした場合、50年後でも本人が公開によって不利益を被る可能性などがありますので、やや長めに設定するのも仕方ない気はします。ただしそれ以外のものに関しては、外部の有識者に判断を委ね、場合によっては公開を早めるというのも一考ですが、実際に問題になるのは30年後ですので、この点についてはこれから議論していけば良いのだと思います。
 さらには政府関係者、そしてセキュリティ・クリアランスを与えられた学者、ジャーナリストらが参加して、どの文書を公開するのか、非公開とするのかを決める委員会のようなものは必要かと考えていますが、まず何よりも政府文書が保管されている国立公文書館の陣容を強化するべきでしょう。特に文書を管理するスタッフは今の10倍にしても足りないぐらいです。そして国立公文書館の権限をもっと強化し、各省庁に積極的に文書を提出してもらわないといけません。そうしないと各省庁で文書が破棄されてしまうことがあるからです。
 他方、「何が秘密にあたるのかが曖昧」といった指摘に対しては、現段階で秘密を具体的にリストアップするのは不可能だとしか言いようがありません。将来的にどのような情報が機密になるのかはその時になってみないとわかりませんし、特にサイバー領域での機密情報については想像もできません。そのため解釈に幅を持たせ、「その他」、「等」と書かざるを得ない所があります。この点については先週の国会の参考人質疑で、東大の長谷部恭男教授が、何が機密かについては事前に決められないし、それは独禁法など法律の世界では一般的なことだと説明されていました。確かにラプラスの箱のように、時の権力者による恣意的な秘密管理の可能性はゼロではないとは言えませんが、やはりそこまで完璧さを求めることは無理があると思います。
# by chatnoir009 | 2013-11-20 22:17 | インテリジェンス

風呂敷

 広げた風呂敷をどう回収するか、これはアニメや漫画にとっては古くて新しい問題でしょう。手塚治虫氏や永井豪氏はそれなりにモノガタリを纏めるのが上手かったと思いますが、最近では広げた風呂敷は広げっ放しという作品が多いような気がします(そもそもテレビで1~2クールもかけて最後に「続きは劇場で!」では、クリエイターとして余りにも責任感のない話です)。『エヴァ』や『ワンピース』は大風呂敷を広げ続けることで人気を獲得してきましたし、名作と言われる『20世紀少年』にしても、後半の広げた風呂敷のたたみ方が拙かったように思います。やはり個人的には風呂敷のたたみ方が名作かどうかの分かれ道になる気がします。
 今や飛ぶ鳥を落とす勢いの『進撃の巨人』にしても、最初の風呂敷を広げていく序盤は凄く面白いとは思うのですが、果たしてこの先、伏線の回収やモノガタリの決着は大丈夫かと心配になります。はっきり言いますと、ストーリーの風呂敷を広げるのは結構簡単なのです。問題は「どう畳むか」の方です。最近のアニメでは『翠星のガルガンディア』が中だるみしつつ意外にも善戦した印象ですが、恥かしながら鳴子氏の名前を聞くとアチラの方を連想してしまうわけでして。。。まぁ虚淵ブランドということで安心はできるのですが(ただ『サイコパス』は微妙です)。
 虚淵氏の代表作といえば、もちろん『まどマギ』でありまして、遅ればせながらようやく劇場版『叛逆の物語』も観てきました。テレビ版では広げた風呂敷を上手く畳みましたので、正直、劇場版ではまた風呂敷を広げることになるのか、と予想していたのですが、劇場版は暁美ほむらの心に芽生えた違和感から上手く話を展開させ、きちんと限られた尺の中で話を完結できたと思います。物理学的に言えば、ほむらの心の中で生じたビッグバンが宇宙を作り替えてしまったということでしょうか。
 個人的な思い込みから言えば、テレビシリーズでは魔法少女たちの「希望と絶望」がテーマだったわけですが、劇場版は「希望と絶望すらも越える愛」つまりはラブストーリーだったわけです。しかしラブストーリーという一本のテーマに魔法少女や世界の因果律といった様々なスパイスを効かせ、さらにはイヌカレー氏の世界観や劇場版ならではの緻密な作画によって、独特の世界を生み出すことに成功しています。そして何より秀逸なのは、劇場版の最後がまたテレビ版の第一話に繋がっても違和感のない仕上がり、つまりは二周目の世界になっているということです。通常なら劇場版のような限られた時間では広げた風呂敷を回収できず、最後は観てる方のご想像にお任せします、と投げてしまうことも多いのですが、劇場版『まどマギ』は恐らく計算づくで話を作ったのでしょう。
 ところでアニメの世界では、実写では表現できないことが表現できるわけです。空を自由自在に飛び回ったり、突然異空間が現れるような描写は実写ではなかなか難しい。逆に実写で実現できることならアニメで表現する必要性はあまりないわけです(『サイコパス』が微妙だったのは、実写のノリでアニメを製作した点にあるように思うのですが)。しかしその反面、アニメは独自の表現方法に頼るばかりに、モノガタリの方が疎かになってきた点は否定できません。ぶっちゃけ、「多少、雑な話でも作画でなんとか誤魔化せる」、「萌えてさえいれば何とかなる」といった具合でしょうか。
 特にラブストーリーの場合、絵が地味になってしまいますので、どうしても本格的なものはアニメでやり難いところがあります。しかしながら今回の劇場版『まどマギ』は、ラブストーリーをアニメ独自の表現方法で描き切った名作だと思います。きちんとしたテーマを理詰めで押さえながら、感性で表現する、といったところでしょうか。正直、ここまでハードルを上げられると、後に続く作品はやり難くなるでしょう。しかし『まどマギ』を観て思うのは、やはり広げた風呂敷はきちんと折りたたまないといけない、ということと、よほどの覚悟がない限り、折りたたんだものをまた広げてはいけない、といったことでしょうか。スピンオフやサイドストーリーならまだしも、二期など論外です。もちろんアニメや漫画をどう観ようとそれは個人の自由なのですが。。。
# by chatnoir009 | 2013-11-06 22:30 | サブカルチャー

通信傍受

 米国家安全保障局(NSA)による盗聴問題が世界中を賑わせていますが、「各国の傍受基地に日本がリストアップされていなかった」、と安心するのはまだまだのようです。アメリカの同盟国であるドイツが傍受されていたのですから、日本は言わずもがな、といったところでしょうか。そもそも「エシュロン」の傍受基地が三沢基地にありますし、広大な在日米軍基地の中に傍受施設があってもそんなものは絶対に表に出てこない話でしょう。
 今年の6月に元米国家情報長官(DNI)のデニス・ブレア提督が、「我々は同盟国の通信は盗聴していない」と豪語されていましたが、この「同盟国」とは「エシュロン」を形成している米英豪加ニュージーランドの5か国のことを指しております。つまりそれ以外はインテリジェンス上の同盟国とは見てくれていないのが実情です。ですので、かつて米国から「最重要の二国間関係」と持ち上げられた日本も、通信傍受のターゲットとなっているのは想像に難くありません。
 このような話をすると多くの方が「けしからん!」とおっしゃるのですが、感情的に対応してもあまり解決には向かいません。もちろん今回の様に各国が一斉に「けしからん!」と世論に訴えかければ、米国の威信は右肩下がり、何らかの対応に迫られるでしょうし、「エシュロン」の活動はやり難くなるとは思いますが、ほとぼりが冷めた頃にはさらに巧妙な仕組みが導入され、各国の情報は引き続き漏れ続けることになるでしょう。正直、技術的に「エシュロン」の通信傍受を防御できるのかどうか何とも言えませんが、個人的にはむしろエシュロン側と裏で手を結ぶのが一番現実的な対応策ではないかと思います。
 この件に関しては以前、米英の何人かの関係者に聞いてみたのですが、日本が「エシュロン」の一端を担う事にはそれ程抵抗感のない様子でした。むしろ向こうからは「本当に日本はやる気があるのか」、「秘密は漏洩しないんだろうか」という具体的な懸念材料が挙げられていました。もちろん日本が「エシュロン」のようなグレーゾーンの情報収集活動に加担することは道義的に問題がありますし、間違っても日本国内で日本人を対象にやるようなことになっては困りますが、国際政治の現実を考えますと、きれい事を言っても始まらないのもまた現実です。さらには「エシュロン」から得られる情報が飛躍的に増大することも確実でしょうから、そろそろ可能性として検討しても良いのではないかと思います。先方が気にしていた機密漏洩に関しても特定秘密保護法案が導入されれば、秘密保全のインフラは整いますし、個人的には国連の常任理事国入りを目指するよりはずっと現実的な選択肢のようにも写ります。

追記(11/2):やはり日本も通信傍受の対象であったことが明らかになりましたが、ドイツとブラジル政府がNSAの通信傍受が人権侵害にあたるとして国連に提訴したようです。今回の件をきっかけに、ルールのないインテリジェンスの世界にルールが作られるのは好ましいことなのですが、問題はルールを守る国と守らない国が出てくるということでしょうか。いかに通信傍受が人権侵害にあたるの判っていても、ロシアや中国といった国々がそれに従って通信傍受をやめるようになるとは思えませんし、そうなると米国としても止めるわけにはいかないでしょう。難しいのは日本の対応です。日本に対する米国の通信傍受活動は許容できませんので、国際的なルール作りに積極的に関与しないといけないのですが、ただロシアや中国の通信傍受を放置したままというのもどうかとも思います。
# by chatnoir009 | 2013-10-30 22:20 | インテリジェンス