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「魔法は探し求めている時が一番楽しい」


by chatnoir009
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Failing Intelligence

 研究者の間では自分の書いた本や論文をお互いに送り合うことがよくあり、これは日本もイギリスも同じようです。ただし個人的には、送られた側は出来る限り、読後の感想やコメントを先方に送ることが最低限のエチケットだと考えていますが、言うは易しで、私もなかなか全部に目を通してコメントを送ることは実行できていません。本や論文を送ってもらうことで、普段フォローし切れていない分野や最新の研究動向に触れることができるので、これは良い習慣かな、と思ってはいますが。特に英文のジャーナルに関しては、なかなかすべてを押さえることができませんので、送っていただいたものになんとなく目を通すと、はっとさせられることがあります。
 
 今回ご紹介する論文も著者から直接いただいたもので、アヴェリストウィス大学(かつてのウェールズ大学アヴェリストウィス・カレッジ)のポール・マドレル先生が International Journal of Intelligence and Counterintelligence の最新号に寄稿された、Failing Intelligence; US Intelligence In the Age of Transnational Threats (苦戦するインテリジェンス-トランスナショナルな危機の時代のアメリカのインテリジェンス)というものです。 マドレル先生はケンブリッジ大学のクリストファー・アンドリュー教授の指導の下でインテリジェンスの博士号を修められ、現在はアヴェリストウィス大学で教鞭をとっておられます。「アヴァ」と言えば(こう書くとなんだか「エヴァ」みたいですね)、近々、同大学のインテリジェンス研究会である、CIISSが大掛かりなインテリジェンスの研究会を3日間がかりでやるそうです。これはかなり気合が入っています。ひょっとしたらこれは「神話」になるかもしれません。。。

 さて、この論文の要旨は、アメリカのインテリジェンスはアルカイダのようなトランスナショナルなテロ組織に対応できていない、というものでありまして、なかなか興味深い内容です。マドレル先生は、アメリカのインテリジェンスの伝統が第二次世界大戦に根ざしており、その本質は「相手の意図をテキントで事前に知ることで、戦争や交渉を優位に進める」というものであるそうです。このインテリジェンスは冷戦時代の対ソ連インテリジェンスにも応用され、アメリカの冷戦戦略に大きく寄与しました。このようにアメリカのインテリジェンスはライバル国家を想定し、シギントやイミントといった技術情報で相手を出し抜く、というものであります。
 ところがイラクの大量破壊兵器やアルカイダのようなテログループに関して言えば、アメリカのインテリジェンスは全く対応できていないと言わざるを得ません。例えば、盗聴などの通信情報に関しては、もはや敵方にも盗聴の危険性はよく認識されており、ここからは有益な情報を期待することはほとんどできなくなっていますし、また衛星情報も大量破壊兵器を生産する工場の内部までは覗けないし、テロリストの活動など把握しようがない、ということであります。そもそも大量破壊兵器の開発に関しては軍事用と産業用途との区別が付きにくく、開発する側はそれを隠蔽しやすいという利点があります。マドレル先生の指摘によりますと、アメリカは、インド、パキスタン、リビア、北朝鮮、イラク、イランの核兵器開発に関して、すべて事前に把握することに失敗したそうです。
 情報収集がこのように期待できないとなると、その後の情報分析も曖昧なものしか出てこない、ということになりますので、分析能力だけを高めてもこれはあまり意味がないみたいです。
 では結局どうすれば良いのか、と言う話なのですが、ここは初心に戻って相手の懐に入り込むスパイやエージェントのようなヒュミントに立ち返れ、ということになってくるそうです。これはまさにイギリス人的な発想です。なぜなら、「インテリジェンス」という言葉は、英米の間で若干ニュアンスの違いがありまして、アメリカの「インテリジェンス」は分析・評価された「使える情報」であるのに対し、イギリスの「インテリジェンス」は特殊な情報源から得られた「秘密情報」の意味になるからです。もちろんどちらの側もこういう意味があることは分かっているわけですが、やはりイギリス人としては、「スパイを使って取ってくる秘密情報を馬鹿には出来ない」、と言ってみたいのではないでしょうか。
 最後にマドレル先生の論旨をごくごく簡単にまとめますと、「これからの世界で降りかかってくる災難を見極めるには、盗聴や衛星情報を取って分析しているだけでは不十分や。自分の足でこっそり稼いでくる情報も大事やで」ということになるのでしょうか。この結論だけ見ますとありきたりな話なのですが、それを論文で論証するのはなかなか難しいことだと思います。
# by chatnoir009 | 2009-03-23 23:18 | 書評

OIG

 先日、マイケル・ハーマン教授の招待を受け、オクスフォード大学ナフィールド・カレッジの主催するインテリジェンス研究会(OIG)にスピーカーとして参加してきました。ハーマン教授はオクスフォード大学を卒業後、政府暗号通信本部(GCHQ)や合同情報委員会(JIC)でインテリジェンスのキャリアを積まれ、退官後はノッティンガム大学でインテリジェンスの教育に専念されています。ハーマン教授のIntelligence Power in Peace and War はインテリジェンス初学者にとっては必読のテキストであり、現在でも英米の大学で広く読まれています。
 ハーマン教授はオクスフォード大学、ナフィールド・カレッジにOIGの本部を置いて、定期的に研究会を行っておられます。ナフィールド・カレッジは戦後に創設された、オクスフォードの中では新しいカレッジで、その研究分野は政治経済学といった社会科学に特化しています。恐らくロンドン大学におけるLSEの立場に近いカレッジであるといえるでしょう。ナフィールドはOIGを設置し、ケンブリッジのコーパス・クリスティ・カレッジやキングス・カレッジ・ロンドンに追いつき追い越せと頑張っているようですが、ナフィールドのインテリジェンス研究は実務との距離が近く、また理論研究に重きを置いているようです。そもそもナフィールドにおける政治・経済学からしてアメリカ流の計量モデルを重視しているようで、その意味で、ナフィールドのインテリジェンス研究は、他の機関とは若干色合いが異なるような印象を受けました。スピーカーも元職の方が多く、私の前のスピーカーは、元MI6長官のリチャード・ディアラボ氏でした。ディアラボ氏は2003年のイラクの大量破壊兵器について大変興味深い講演をされたそうです。
 私もこのような事情は伺っておりましたので、なるべく実務に近い話ということで、最近の日本における情報機構改革について話をしてきました。質疑応答では熱心な質問に驚かされましたが、特に驚いたのはイギリス人から見た日本のインテリジェンス観であります。彼らの印象をごく単純化しますと、「日本はアメリカとの連携を成功させ、しかも自前の偵察衛星も持っている。それでも満足するどころか、熱心にインテリジェンス機構を改革し、さらなる高みを目指している。戦後日本が発展したのは、これらインテリジェンスも寄与しているのではないか」というものであります。ここまで過大に評価していただけると、「そうじゃなくて実は…」というのも心苦しいのですが、果たして私の拙い英語でどこまで伝わったのでしょうか。
 しかし議論が進むにつれてなぜか、偶然にもこのブログでも最近取り上げた、シンガポール陥落の原因について議論が戦わされました。やはりイギリス人は、理論よりも歴史重視ですね。私の隣にやたら軍事史に詳しい方がいらっしゃったので、後でお名前をうかがったら、なんと過去にリデル=ハートの伝記を執筆されたアレックス・ダンチェフ博士でした。さすがにイギリスのアカデミズムは奥が深いです。
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# by chatnoir009 | 2009-03-16 23:18 | インテリジェンス
 1942年のシンガポール陥落は、現在でも英国にとってのトラウマの一つであります。たった3か月間の戦いで、それも数的に劣勢な日本軍にマレー半島からシンガポールまで蹂躙されてしまったのですから、これは戦史に残る屈辱的な敗北といえるでしょう。従って当時から現在に至るまで、「なぜシンガポールは陥落したのか」について様々な研究が行われてきました。現地守備隊の装備や錬度が不十分であったのは当時から認識されていたことですし、日本軍が攻めてくるのもわかっていたわけですから、なぜインテリジェンスは事前に警告を発しなかったのか、といったあたりが論点になります。
 米国の真珠湾に関しては、典型的な「情報の失敗」に原因を求めることができます。その概要は、「断片的な情報はあったが、それが正しくインテリジェンスとして認識されていなかった」というものでありまして、ロベルタ・ウールステッターの研究は現在もこの分野の古典的著作となっています。
 それに対してシンガポール陥落についてはやや事情が複雑で、現在でもインテリジェンス研究のテーマの一つとなっています。まずシンガポール陥落当時から長らく言われてきたことは、英国軍部や情報部が日本軍を見くびっていたからだ、というものでありまして、要は「日本軍は二流の軍隊」、「類人猿の軍隊」といった見方が蔓延していたために負けたんだ、という説であります。その代表格はジョン・ダワーやクリストファー・ソーンになるでしょう。
 その後1990年代に入り、かなりの情報関係史料が公開されるようになると、ややこれとは異なる見方が出てきました。それはアントニー・ベストやジョン・フェリスが主張する所の「ethnocentrism(英国最高!)」説でありまして、これは、英軍は日本軍に比べると相対的に戦闘力が高いと信じられていたために、英軍は日本軍がそこまで迫ってきていても胡坐をかいていた、というものであります。しかし一見この説は、最初の説とほとんど変わらないようにも思えます。要は「日本軍が弱かったと判断していた」では差別的なので、「英軍が強かったと判断していたから油断した」と言い換えただけではないか、との指摘もあるでしょう。しかしインテリジェンスの世界で重要なのは、「敵を知り己を知る」ことでありますから、ベストらの研究はイギリスのインテリジェンスが「己の能力を過信していた」、という結論を導き出したといえます(ただ個人的に言わせてもらえば、「日本軍がきちんとシンガポール守備隊の戦力とその能力を把握していたからだ」という要因もあったのですが…)。
 しかしこれらの研究は、「インテリジェンスから見た日英関係」に留まっているともいえます。現在、英国の若手研究者達が主張し始めていることは、1930年、40年代の東アジアにおける英国のインテリジェンスは、日英関係からのみ規定されていたわけではなく、ソ連、中国、アメリカなどの要素を見落としていては、当時のインテリジェンスが置かれていた状況を正しく理解できないというものであります。特に昨今のコミンテルンに関係する情報史料の公開は、この見方に可能性を開くこととなりました。すなわち現在の研究の最前線は、「英国情報部が日本の脅威に正しく対処できなかったのは、対コミンテルン活動に忙殺されておりそれどころではなかった」という仮説を検証していくことにあります。そのため現在、英国のアカデミズムではコミンテルン絡みの事例を追いつつ、当時の英国情報部がいかに対コミンテルン活動に捕われていたのか、というような実証研究が行われています。
 そこでまた最初に戻るわけですが、シンガポールが陥落したインテリジェンス上の原因としては、① 相手となる日本軍を過小評価した、② 自分達の戦力を過大評価した、③ 東アジアには日本の他にも敵がいたので、そもそもすべてに対応するのは困難であった、といったことが今のところ言えるのではないかと思います。インテリジェンス・スタディーズにとって、シンガポール陥落は今も現在進行形の課題であり、これら議論を支える英国インテリジェンス研究の層の厚さには頭が下がります。
# by chatnoir009 | 2009-03-11 20:13 | インテリジェンス

RUSI

 本ブログを読み返していて気が付いたのですが、私の所属する王立統合軍防衛安保問題研究所(RUSI)に関する説明がありませんでしたので、ここで少し説明させていただきたいと思います。

 RUSIは英国を代表する軍事戦略に特化したシンクタンクの一つでして、同じくロンドンを拠点にし、有名な「ミリタリー・バランス」を発行する国際戦略問題研究所(IISS)と同じような位置付けになります。ただしIISSは完全に独立したプライベートの組織であり、世界的に事業を展開しているのに対して、RUSIは英国防省との繋がりが深く、また基本的に英国色の強い組織だといえます。本部はホワイトホールの国防省の隣、観光名所でもあるホースガーズの真向かいにある、バンケティング・ハウスの一部を使用しています。このバンケティング・ハウスのホールには、17世紀にルーベンスによって描かれた壮大な天井画がありまして、研究に疲れるとホールの長いすに寝転がってぼーっと絵を眺めることもできます。ネロとパトラッシュもうらやむ贅沢ですね(観光名所ですから誰でもホールには入れます)。RUSI_e0173454_2226195.jpg
 所在地は「ホワイトホール61番地」なのですが、普通は「RUSI, Whitehall」で示されています。これで郵便物が届くのかたまに不安になるのですが、ホワイトホールでは番地を書かないのが普通のようです。例えば外務省なども、「FCO, Whitehall」ですので、まぁ狭い界隈で番地まで明記する必要もないということでしょうか(厳密にはFCOはKing Charles St.ですが)。
 RUSIの起源は、1831年にかのウェリントン公爵によって設置されたことに始まります。ウェリントン公と言えば、英陸軍総司令官としてワーテルローの戦いでナポレオンを打ち破り、その後首相としても活躍した人物であります。ウェリントン公は1830年に一旦首相職から退くと、ナポレオン戦争で生じた軍事革命(RMA)や、ちょうど当時発表されたクラウゼヴィッツの『戦争論』を研究し、将来の戦争に備えるためにRUSIを設置しました。この時、国王ジョージ4世から資金援助を受けたため、その名残として現在も「王立」の名が冠されているわけであります。
 ジョージ4世と言えば、このブログでも度々登場するキングス・カレッジ・ロンドンや、ナショナル・ギャラリーを設置したことでも知られています。その縁からか、現在でもRUSIとキングスの繋がりは深く(距離的にも歩いて10分程度)、現在の所長であるマイケル・クラーク博士もキングスから移ってこられました。私の周りを見回しても、キングスやLSE出身者が多いようです。ただしRUSIとキングスの繋がりは20世紀に入ってから、特に両機関の間を頻繁に行き来した戦略研究家リデル=ハートによるところが大きいように思います。
 現在、RUSIは国防省に政策提言などを行うために、多くのスタッフを抱えています。最近は軍事戦略だけではなく、地域研究や国際関係研究にも力が入れられています。恐らくRUSIの研究(特に地域研究)の重点を知ることで、国防省がどの点を重視しているのかがわかるような気がします。スタッフはシビリアンの研究者だけではなく、元陸海空軍の制服組やインテリジェンス・オフィサーなどもいますので、刺激的な職場であります。
 また会員向けサーヴィスとして、現役の将官や大使による講演会、また場所が便利なことから様々な研究会などを連日のように行っており、我々スタッフは末席でこれらの恩恵に与れるわけでもあります。RUSIにいますと、安全保障やインテリジェンスを研究するものは、書籍や資料の紙媒体からだけではなく、現場の肌感覚を知っておく必要があることを日々痛感しています。
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# by chatnoir009 | 2009-03-09 23:55 | その他

NHS

 本来であれば、ブルネル大学で開催されるSISGでの報告についてここに記す予定だったのですが、なんと突然のぎっくり腰のため、歩行すらままならぬ状況に・・・報告はキャンセルしてしまいました。ぎっくり腰は一日中、机にかじりついてる我々研究者にとって、ある意味職業病かもしれません。
 その代わりに、英国が世界に誇る(!)NHS(国営医療サービス)を受けてきました。NHSは戦後イギリスの国策として、「誰にでも公平な医療を」を合言葉に設置された医療制度でして、まさに当時の「ゆりかごから墓場まで」の政策の代名詞でもありました。そのポイントは、誰でも無料で医者にかかることができる、というものでして、それは私のような外国人でも例外ではありません。医療費がタダというのは一見、素晴らしいことのようですが、その反面、国の予算の圧迫や、良い医者が集まらない(腕の良い医者は私立病院を経営する)という様々な問題を引き起こしているわけであります。私もNHSで診てもらうのは初めてでして、あまり良い評判を聞いていなかったので乗り気ではなかったのですが、とにかく背に腹は変えられませんので、急患として担ぎ込まれたわけであります。
 しかし案の定、受付は長蛇の列。痛む腰をくねくねしながら受付で2時間半ぐらい待たされた挙句、診察は5分程度。しかも担当医からは、「しばらく安静にしなさい」、「背筋の運動をしなさい」というありがた~い二言をいただいただけで、湿布もコルセットの処方もなし。そのまま追い返されてしまいました。デ○ズニー・ランドのアトラクションでももう少しは時間をかけてくれます。これならば部屋で安静にしていた方がはるかに良かった気もしますが、やはりNHSの現状はこのように、患者がひっきりなしにやってくるのに対応が追いついていない、というのが現状でしょうか。恐らく昨今の不景気で、医療関係予算は削減されていくでしょうから、このような状況はさらに悪化していくのではないかと思われます。

 さて、話を元に戻しますが、今回のブルネル大学の研究会は、同大学のフィリップ・ディヴィス教授の主催によるものであります。ディヴィス教授は政治学や文化的なアプローチから英米のインテリジェンス組織について様々な研究成果を発表しておられます。最近、教授本人から読むように進められた、“Intelligence Culture and Intelligence Failure in Britain and the United States”, Cambridge Review of International Affairs, Volume 17, No.3 (October, 2004) は、英米が「情報の失敗」を犯す際、それぞれの組織的、文化的な背景によるところが大きいというものであります。具体的には、イギリスの場合、インテリジェンス組織が少数の顔見知り同士で運営されていることから、いったん、組織内のコンセンサスが纏まると、それに対する反対が出にくい、といったものでありまして、実際に1982年のフォークランド紛争や2003年のイラクの大量破壊兵器問題の際には、そのような弊害が露呈していたのでは、といった指摘があります。それに対してアメリカの場合、インテリジェンスは中央集権化されており、それが政治に直結しているので、情報が政治化されやすい傾向があるとのことです。すなわち、2003年のイラクの大量破壊兵器問題において、英米はともに「イラクが大量破壊兵器を開発しているに違いない」といった情勢判断の失敗を犯してしまったわけですが、その失敗の根源は、それぞれのインテリジェンスの特徴にあったということになります。
 それではわが国はどうかという話で、今回、私から日本のインテリジェンス・カルチャーを報告することで、比較インテリジェンス・カルチャーの議論を実現しようという試みだったのですが、私の日々の不摂生のために、すべてぶち壊しとなってしまったわけであります(ディヴィス教授、大変申し訳ありません)。
 やはりまだ座っていてもずきずきしますので、今日はこの辺で失礼させていただきます・・・。
# by chatnoir009 | 2009-03-03 23:05 | インテリジェンス