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「魔法は探し求めている時が一番楽しい」


by chatnoir009
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 先月、Richard Samuels教授のSpecial Duty; A History of the Japanese Intelligence Community を翻訳・出版させていただきました。日本語版の「訳者解題」にも書きましたが、2015年の12月頃、Samuels教授から日本のインテリジェンスの歴史についてリサーチしているので協力して欲しいと頼まれまして、当時の職場でインタビューを受けました。その後も数度にわたって意見交換を行い、時には資料提供などもしながら協力させていただきました。もちろん私以外にも多くの日本人研究者や元実務家などが協力されたようで、巻末にはその協力者の名前が多く掲載されています。そして2019年に原著が出版されると、すぐに翻訳版を出すという話になり、Samuels教授直々に翻訳を頼まれましたので、引き受けさせていただいたという経緯になります。当初は翻訳版を2020年初頭に出版する予定だったのですが、私の翻訳の遅さに加え、コロナ禍によって国会図書館を始めとする様々な施設が使用不可となったことで、引用されている資料のチェックができず、予定より1年近くも遅れてしまいました。改めて翻訳版をぱらぱらめくりながら、やや訳が生硬だったかなと反省しておりますが、学術書ですので、読み易さよりも正確さが第一だ、と自分に言い聞かせております。。。

 原著は史上初めて日本のインテリジェンス・コミュニティーの通史を扱っているということで、大変貴重なものです。戦前の日本のインテリジェンス研究は最近になってそれなりの研究蓄積があるのですが、戦後のもの、特に冷戦以降になりますとほとんど研究らしい研究はありません。そこに日本の安全保障研究の第一人者であるSamuels教授が切り込んだということで、今後、本書は学術的なマイルストーンとなっていくでしょう。ただ日本のインテリジェンス史を米国の研究者が先に、それもかなりの内容のものを出してしまったというのは、個人的にはやや残念で、やはり日本人の手によるものが待たれます。実は私も書き進めてはいるのですが、日暮れて道遠し、といった状況ではあります。さらに今年の3月には豪州の研究者であります、Brad Williams博士がJapanese Foreign Intelligence and Grand Strategy という研究書を出版予定です。私も同書に推薦文(blurb)を寄稿するため、既に一読しましたが、こちらもかなりの内容で、日本人にはなかなか書きにくいこともきちんと書いてくれています。

 興味深いのは何故、最近になって戦後の日本のインテリジェンス・コミュニティーの歴史が注目を集めているのかということですが、これは恐らく2012年の第二次安倍政権以降、日本の安全保障やインテリジェンスの体制が大きく改革され、それが注目を集めたことが大きいと思います。戦後日本のインテリジェンスの歴史を通観していて思うのは、1960年ぐらいまでは吉田総理・緒方官房長官のタッグで戦後インテリジェンス機構の構築が進むのですが、その後90年代ぐらいまでは完全に停滞の時期に入ります。私自身、調べてはいるものの、この時期、日本のインテリジェンス・コミュニティーに何があったのかいまいち良くわかりません。資料もなければ当時を知っている方ももういらっしゃらないので、調査を進めていくことが難しいのです。

 日本のインテリジェンス体制に変化が生じるのは90年代後半からになります。この時期、防衛庁情報本部、さらには内閣衛星情報センターが設置され、21世紀に入ると数々のインテリジェンス改革の提言書が発表され、政府はそれを淡々と実行していきます。そして第二次安倍政権になりますと、日本版NSCの創設や秘密保護法の導入などで、一気に改革が進むことになります。またこの時代は政府関連資料や新聞、国会議事録、関係者の証言等、多くの情報がありますので、90年代以降についてはそれなりに研究を進めやすい、ということになり、Samuels教授やWilliams博士のような海外の研究者が書かれているわけです。ただ両者とも日本の政治や安全保障政策には詳しいものの、日本人の我々とはやや異なった観点も持っておられます。一般論ですが、欧米における日本のインテリジェンスのイメージというのは、「日本人は忍者の末裔だから隠密活動が得意だ」とか「日本の戦後復興は日本政府の経済インテリジェンスが功を奏したからだ」というもので、これは普通の日本人の感覚からすれば「?」という話になります。また省庁間や省庁内の微妙な組織力学や相場観というのは、そこにいたからこそわかる、という話もありますので、やはり日本人の手による戦後日本のインテリジェンス史、というのも必要なのでしょう。


# by chatnoir009 | 2021-01-27 15:03 | 書評

Behind the Enigma: The Authorised History of GCHQ_e0173454_17080525.jpg


このブログでも何度か言及してきましたJohn Ferris教授のBehind the Enigma: The Authorised History of GCHQ をようやくざっと一読しました。本書は英国の秘密情報通信組織であり、ファイブ・アイズの一角を担う、政府通信本部(GCHQ)の初の公式史となります。本書は全部で823頁という枕のような分厚さで、読み続けるのはかなり忍耐を強いられる上、公式史という性質上、事実のみが淡々と記されています。大まかな内容については従来の情報史の研究に寄り添ったもので、本書によって新たな事実は確認できませんでしたが、GCHQの内部事情については部内資料に基づいてかなり詳細に描かれており、本書の役割はこれまでのGC&CSとGCHQに関する情報史研究を、公式史という形で裏書きしたことにあると思います。

本書のスタイルは平易な英語で淡々と事実のみを書き綴るというものです。これは恐らく、1970年代に出版されたF.H.Hinsley教授のBritish Intelligence in the Second World Warがかなり意識されていると思います。Hisnley教授の公式史は5巻本(第3巻は1038頁!)とかなり長く、内容はひたすら事実の羅列なので、これはさらに忍耐を強いられる本です。英国人研究者からも「あれを最初から最後まで読めるのか!」という言葉を耳にするほどです。まぁ「公式史」という位置付け上、とにかく正確な記述が第一で、著者の分析等は二の次、エピソード的な話はいらない、ということなのでしょうが、それに比べるとFerris本の方はかなりコンパクトで読み易いと思います。ただ本書はGCHQの公式史とは謳いつつも、半分近くはその前身である政府暗号学校(GC&CS)の話に割かれており、タイトルに「ENIGMA」とあるように、GC&CSが最も輝いた第二次世界大戦期の話に焦点が合っているような印象です。著者のFerris教授も従来は戦前の歴史研究を得意とされているので、これは致し方無いように思いますが、Hinsley本と比べると、その後の研究蓄積も豊富に盛り込まれていますので、より記述に深みが増したように思います。

そして本書ではフォークランド紛争にも多くの稿が割かれています。これは2005年にLawrence Freedman教授が同紛争の公式史であるThe Official History of the Falklands Campaign を出版された際、当時GCHQは資料を出さなかったようで、後でFreedman教授が「(公式史なのに)GCHQは全く協力してくれなかった」と恨み節をぼやいておられました。そのため、今回はそこもカバーするという意図があったのかもしれません。もう一点気が付いたのは、恐らく大人の事情で、戦後の同盟国、つまり日本や欧州諸国に対する通信傍受の話が割愛されているという事です。本書内では1970年代に英国の開発した暗号機がNATO諸国に採用される話が出てきますが、話は「採用された」で終わっています。想像力を逞しくすれば、「英国の暗号機なのだから、その気になればGCHQは解読できるはず」ということだと思うのですが、そこには触れられていないわけです。もちろん公式史の中で、「GCHQは戦後、日独仏に対する通信傍受をやっていました」と認めるわけにはいかないと思いますが、折角本書内では2013年のスノーデン事件にも触れているのですから、スノーデン氏の言葉を借りてそのような事を仄めかす、といったやり方もあったように思います。

本書を一読すると、色々と制限の多い公式史の執筆を引き受けるのは大変だろうな、と妄想する次第です。もちろんFerris教授はインテリジェンス史を書かせれば右に出る研究者はいない大家で私も個人的にとても尊敬していますが、公式史を書くとなると制約が多いのも事実です。それと対照的なのが2010年のRichard Aldrich教授によるGCHQ: The Uncensored Story of Britain’s Most Secret IntelligenceAgencyでして、これも本ブログで取り上げましたが、こちらはしがらみもなく、教授の関心に基づいて自由に書かれています。特に同盟諸国に対する通信傍受についても遠慮なく書かれており、読んでいて抜群に面白いのはこちらです。ただし本書は部内者のインタビューや公開情報のみから書かれていますので、フォークランド紛争のように部内資料がないと書けない部分はほぼスルーされていますし、他の部分もどこまで資料の裏付けがあるのかは不明です。

 今回、Ferris本とAldrich本を比較してみて思い出したのは、かつてAldrich教授が、公式史のような政府に忖度しつつ歴史を描くことはいかがなものか、と仰っていたことです。その昔、CambridgeChristopher Andrew教授も一研究者として、情報機関の資料を一切用いず英国秘密情報部(MI6)の研究書を発表され、世間を驚かせました。その後、同教授は英国保安部(MI5)の公式史家として、MI5の歴史も上梓されています。ただ個人的には情報史研究者としてどちらが良いとは一概に言えません。公式史家として部内の秘密資料にアクセスできるのは刺激的だろうけど、部外から公開情報のみで情報機関の歴史を描くのもチャレンジグで楽しそうだと思う今日この頃です。
# by chatnoir009 | 2020-12-08 09:01 | 書評
 今年はイギリスの政府通信本部(GCHQ)が設置されて100年になります。ちょうど10年前にこのブログでもMI6とMI5が100周年でオフィシャルヒストリーを出すことを書いたのが昨日のことのように思い出されますが、その時はまさかGCHQまでもがオフィシャルヒストリーを出すとは思いもよりませんでした。ケンブリッジのC.Andrew教授もGCHQは一番秘密の多い組織だ、とよく仰っていたので、私自身もその言葉を鵜呑みにしていましたが、良い意味で想定を裏切ってくれました。

 恐らくはそれと連動したイベントだとは思うのですが、ロンドンのScience Museumで"Top Secret: From Ciphers to Cyber Security"と題した展示イベントをやっていましたので、早速見に行ってきました。ただ事前予約かつ住所等を登録しないと入れないという設定で、色々といらぬ妄想が膨らみます。イベントはGCHQの名を借りていますが、どちらかといえばその前身である政府暗号学校(GC&CS)の歴史展示が多かった印象です。GC&CSといえば、私自身も資料公開直後の20年前からつい先日まで、嫌になるほど暗号解読資料と格闘してきたのですが、まだGCHQが秘蔵している資料がかなりあるらしく、それらの資料が本邦初公開となっていました。
 
 興味深かったのは、GC&CSの本部のあるBletchley Parkから80km離れたロンドンまで毎日、400台のバイク(BSA M20)を往復させ、Top Secret: From Ciphers to Cyber Security_e0173454_03195247.jpg暗号解読文を送り届けていた事です。なぜバイクかといえば、それは単に「速いから」でありまして、バイク乗りの私としても我が意を得たりといったところでした。各国の暗号は毎日、解読されると所定の封筒に収められ、それをバイクに託して、1時間少々で首相官邸や関係各省に解読文が送られるわけでして、こういった実際の運用を想像しながら暗号解読文を読むと、これも苦労して届けられたのかな、といった妄想も膨らみますし、暗号解読文がかなり薄い紙にプリントされている理由も何となく想像できます。恐らくは軽さ重視なのでしょう。
 最近、ちょうど『日英インテリジェンス戦史』という本を上梓したところだったのですが、このバイクや封筒の写真を著作に使っていれば、歴史の臨場感のようなものを表現できたようにも思うわけです。
 
 GCHQについても冷戦期から最近まで、それなりの展示がありました。私はスパイになったような気分で、展示物を徹底的に写真に収め、流されている動画を何度も見直しました。忘れないうちに記しておきますが、GCHQが解読している世界中の言語の数は現在、42か国分だそうです。

Top Secret: From Ciphers to Cyber Security_e0173454_03153282.jpg


# by chatnoir009 | 2019-09-09 03:12 | インテリジェンス

ブレグジット

 久々に(といっても半年ぶりですが)、ロンドンで資料調査に明け暮れております。こちらでは連日、ブレグジットをめぐる報道で溢れておりまして、嫌でも関心を持ってしまいます。その反面、日韓関係のニュースは耳に入ってきませんので、こちらにいますとやはり極東情勢は遠い国の出来事です。先日も電車の中で「Reject Brexit」と書かれたプラカードを持った若者たちを見かけましたので、少し声を掛けましたが、彼らは真剣そのものでした。世論調査によりますと、離脱と残留の比率は未だにほぼ5:5で拮抗しているのですが、私の知り合いはほとんどが残留派で、離脱派の方に会ったことがありません。この間、それをある人に話すと、「基本的にロンドンに住むほとんどの人は残留派ですが、地方にいくと離脱派が多いです。多分あなたの知り合いは皆、国際派で、知識があって、分別のある方ばかりなのでしょう」と言われていまい、少し考えた次第です。
 
 離脱をめぐってはよくイギリスの世論が二分されているといわれますが、厳密には三分割されているように思います。ざっくり言いますと、①富裕層の離脱派:離脱して多少損害あっても構わない。とにかく感情的に大陸と一緒は嫌!、②貧困層の離脱派:今、EUに上納金を取られ続けている上、移民がどんどんやってきて仕事がない。EUを離脱すれば景気がよくなると聞いた、③残りの残留派:残留した方が色々と良さそう。。。といったあたりでしょうか。2016年の国民投票から3年が経ち、離脱のリスクが多く指摘されてきたにも関わらず、①、②の人々は意見を変えないわけです。①の人々は確信犯ですが、②の人々には情報が届いていないような気もしますが、アメリカにおけるトランプ支持派に近いものがあります。

 今、イギリスの政治で行われていることは、とにかく10月末に設定されている離脱の期限を先延ばしし、その間に解散総選挙を行って国民の真意を問う、といったものですが、イギリスの議会は日本と違って議会の2/3の賛成がないとできません。ですので、まずは保守党内、さらには野党労働党の協力がないと選挙にたどり着けないのですが、既に保守党内からは連日のように議員の離反が報道されており、一枚岩ではなくなっています。労働党も今一つはっきりしません。もちろん総選挙に勝てそうなら労働党も賛成するのですが、コービン労働党首は隠れ離脱派(と言われており)かつ昔ながらの左派ですので、どうも選挙には勝てそうにありません。そうなると選挙をしてもジョンソン首相率いる保守党が勝つことになりそうですが、保守党も議会の過半数を取るほどの勢いがないのが現状です。結局、解散・総選挙しても、状況は恐らく今と変わらないように思います。完全に袋小路に陥っているといっても良いでしょう。ですのでジョンソン首相は条件なしの離脱、つまりは「No Deal」によって離脱を強行しようとしているのだと思いますが、それは経済的に英国民に多大な負担を強いる決断でもあると思います。

 我々もブレグジットを他山の石としないといけないのですが、個人的には、①国民投票は色々と危険、②国内の貧富の差が拡大するとポピュリストが優勢になる、③人は自分に不都合な情報を敢えて見ない、といったところでしょうか。とにかく今後もイギリスの選択から目を離せません。

# by chatnoir009 | 2019-09-08 16:19 | 国際情勢

空母いぶき

 先日、脳科学者の中野信子さんからお誘いをいただきまして、『空母いぶき』の試写会に参加してきました。とにかく士気の上がる内容だったと思います。本映画のプロデューサー様から伺ったお話によりますと、空戦や艦隊戦のシーンはすべてCGなのだそうですが、これが迫力満点!個人的には対潜ミサイル、アスロックを撃つシーンに痺れました。また沢崎・外務省アジア太平洋州局長の台詞は、実は私が日頃お世話になっております某歴史番組内で発言されたものが基になっているそうです。ですので映画のエンドロールには意外な方のお名前が出てきます。
 映画の内容をあまり書くとネタばれになってしまうので止めておきますが、本作は過度に自衛隊を持ち上げるものでも、隣国を脅威と見るものでもありません。特に隣国は仮想国ということになっていますので、映画を鑑賞しても特にナショナリズムが刺激されるということはありませんでした。むしろ本作を通じて伝わってくるのは、「自衛官って、我々の知らない所で体張ってるな~」といったものだと思います。ですので有事の場合に自衛隊がどのような任務に就くのか、最前線で何が行われているのか、を知っておく意味でも、本作は必見かと思います。もちろん映画のように自衛隊が戦闘行為を行うということは、戦後の日本においてはありませんし、今後もないに越したことはないのですが、実は年間10名前後の自衛隊員の方々が、日々の訓練等における事故によって亡くなっておられます。
 我々は長らく「水と安全はタダ」という認識でやってきましたが、もはや水は貴重な資源であるということが広く認識されるようになりましたし、安全についても国内では警察、国際的には自衛隊の日々の努力によって維持されているということが、もっと認識される必要性があるのではないでしょうか。

# by chatnoir009 | 2019-03-28 14:47 | その他