RUSI
2009年 03月 09日
本ブログを読み返していて気が付いたのですが、私の所属する王立統合軍防衛安保問題研究所(RUSI)に関する説明がありませんでしたので、ここで少し説明させていただきたいと思います。
RUSIは英国を代表する軍事戦略に特化したシンクタンクの一つでして、同じくロンドンを拠点にし、有名な「ミリタリー・バランス」を発行する国際戦略問題研究所(IISS)と同じような位置付けになります。ただしIISSは完全に独立したプライベートの組織であり、世界的に事業を展開しているのに対して、RUSIは英国防省との繋がりが深く、また基本的に英国色の強い組織だといえます。本部はホワイトホールの国防省の隣、観光名所でもあるホースガーズの真向かいにある、バンケティング・ハウスの一部を使用しています。このバンケティング・ハウスのホールには、17世紀にルーベンスによって描かれた壮大な天井画がありまして、研究に疲れるとホールの長いすに寝転がってぼーっと絵を眺めることもできます。ネロとパトラッシュもうらやむ贅沢ですね(観光名所ですから誰でもホールには入れます)。
所在地は「ホワイトホール61番地」なのですが、普通は「RUSI, Whitehall」で示されています。これで郵便物が届くのかたまに不安になるのですが、ホワイトホールでは番地を書かないのが普通のようです。例えば外務省なども、「FCO, Whitehall」ですので、まぁ狭い界隈で番地まで明記する必要もないということでしょうか(厳密にはFCOはKing Charles St.ですが)。
RUSIの起源は、1831年にかのウェリントン公爵によって設置されたことに始まります。ウェリントン公と言えば、英陸軍総司令官としてワーテルローの戦いでナポレオンを打ち破り、その後首相としても活躍した人物であります。ウェリントン公は1830年に一旦首相職から退くと、ナポレオン戦争で生じた軍事革命(RMA)や、ちょうど当時発表されたクラウゼヴィッツの『戦争論』を研究し、将来の戦争に備えるためにRUSIを設置しました。この時、国王ジョージ4世から資金援助を受けたため、その名残として現在も「王立」の名が冠されているわけであります。
ジョージ4世と言えば、このブログでも度々登場するキングス・カレッジ・ロンドンや、ナショナル・ギャラリーを設置したことでも知られています。その縁からか、現在でもRUSIとキングスの繋がりは深く(距離的にも歩いて10分程度)、現在の所長であるマイケル・クラーク博士もキングスから移ってこられました。私の周りを見回しても、キングスやLSE出身者が多いようです。ただしRUSIとキングスの繋がりは20世紀に入ってから、特に両機関の間を頻繁に行き来した戦略研究家リデル=ハートによるところが大きいように思います。
現在、RUSIは国防省に政策提言などを行うために、多くのスタッフを抱えています。最近は軍事戦略だけではなく、地域研究や国際関係研究にも力が入れられています。恐らくRUSIの研究(特に地域研究)の重点を知ることで、国防省がどの点を重視しているのかがわかるような気がします。スタッフはシビリアンの研究者だけではなく、元陸海空軍の制服組やインテリジェンス・オフィサーなどもいますので、刺激的な職場であります。
また会員向けサーヴィスとして、現役の将官や大使による講演会、また場所が便利なことから様々な研究会などを連日のように行っており、我々スタッフは末席でこれらの恩恵に与れるわけでもあります。RUSIにいますと、安全保障やインテリジェンスを研究するものは、書籍や資料の紙媒体からだけではなく、現場の肌感覚を知っておく必要があることを日々痛感しています。

RUSIは英国を代表する軍事戦略に特化したシンクタンクの一つでして、同じくロンドンを拠点にし、有名な「ミリタリー・バランス」を発行する国際戦略問題研究所(IISS)と同じような位置付けになります。ただしIISSは完全に独立したプライベートの組織であり、世界的に事業を展開しているのに対して、RUSIは英国防省との繋がりが深く、また基本的に英国色の強い組織だといえます。本部はホワイトホールの国防省の隣、観光名所でもあるホースガーズの真向かいにある、バンケティング・ハウスの一部を使用しています。このバンケティング・ハウスのホールには、17世紀にルーベンスによって描かれた壮大な天井画がありまして、研究に疲れるとホールの長いすに寝転がってぼーっと絵を眺めることもできます。ネロとパトラッシュもうらやむ贅沢ですね(観光名所ですから誰でもホールには入れます)。

所在地は「ホワイトホール61番地」なのですが、普通は「RUSI, Whitehall」で示されています。これで郵便物が届くのかたまに不安になるのですが、ホワイトホールでは番地を書かないのが普通のようです。例えば外務省なども、「FCO, Whitehall」ですので、まぁ狭い界隈で番地まで明記する必要もないということでしょうか(厳密にはFCOはKing Charles St.ですが)。
RUSIの起源は、1831年にかのウェリントン公爵によって設置されたことに始まります。ウェリントン公と言えば、英陸軍総司令官としてワーテルローの戦いでナポレオンを打ち破り、その後首相としても活躍した人物であります。ウェリントン公は1830年に一旦首相職から退くと、ナポレオン戦争で生じた軍事革命(RMA)や、ちょうど当時発表されたクラウゼヴィッツの『戦争論』を研究し、将来の戦争に備えるためにRUSIを設置しました。この時、国王ジョージ4世から資金援助を受けたため、その名残として現在も「王立」の名が冠されているわけであります。
ジョージ4世と言えば、このブログでも度々登場するキングス・カレッジ・ロンドンや、ナショナル・ギャラリーを設置したことでも知られています。その縁からか、現在でもRUSIとキングスの繋がりは深く(距離的にも歩いて10分程度)、現在の所長であるマイケル・クラーク博士もキングスから移ってこられました。私の周りを見回しても、キングスやLSE出身者が多いようです。ただしRUSIとキングスの繋がりは20世紀に入ってから、特に両機関の間を頻繁に行き来した戦略研究家リデル=ハートによるところが大きいように思います。
現在、RUSIは国防省に政策提言などを行うために、多くのスタッフを抱えています。最近は軍事戦略だけではなく、地域研究や国際関係研究にも力が入れられています。恐らくRUSIの研究(特に地域研究)の重点を知ることで、国防省がどの点を重視しているのかがわかるような気がします。スタッフはシビリアンの研究者だけではなく、元陸海空軍の制服組やインテリジェンス・オフィサーなどもいますので、刺激的な職場であります。
また会員向けサーヴィスとして、現役の将官や大使による講演会、また場所が便利なことから様々な研究会などを連日のように行っており、我々スタッフは末席でこれらの恩恵に与れるわけでもあります。RUSIにいますと、安全保障やインテリジェンスを研究するものは、書籍や資料の紙媒体からだけではなく、現場の肌感覚を知っておく必要があることを日々痛感しています。

by chatnoir009
| 2009-03-09 23:55
| その他

