ケンブリッジ・インテリジェンス・セミナー(SIG)
2024年 04月 27日
教授の最新作は、The Spy Who Came in From the Circus というタイトルでこの4月に発売されたところです。その内容は、英国ではとても有名だという「バトラム・ミルズ・サーカス団」を率いていた、シリル・ミルズという実業家が、実は裏でMI5の情報員として働いていた、というストーリーです。英国人にとって同サーカス団はよく知られているそうですので、「あのシリル・ミルズが実は!」みたいなキャッチーなノリのようですが、残念ながら私はそのサーカス団の事を知りませんでしたので、いまいち食いつけませんでした。恐らく日本人的には「初代引田天功は日本政府のスパイだった!」みたいな話かと思います(あと劇団の「サーカス」と情報機関の隠語である「サーカス」をかけているのではないかと。タイトルの初見の際、「MI6から来たスパイ」と脳内翻訳してしまいました)。
教授によりますと、チャーチル首相がこのサーカス団のファンだったらしく、ミルズを呼び出して直接MI5にリクルートしたそうです。ミルズは当時としては珍しく飛行機を操縦できましたので、チャーチルからの直々の依頼で、空から第二次大戦直前のドイツの再軍備の様子を写真に収めていたということです。ちょうど今、公文書館で1935年の英独海軍協定の協議資料を読んでいる所なのですが、文面からは当時のドイツ側の対応がとても腰が低く、誠実に見えます。このようなドイツ側の態度に騙されて、多くの英国人がドイツ再軍備について見誤ったと想像しますが、チャーチルの慧眼はそんな面従腹背的な態度を見抜き、ドイツはいずれ牙をむいて向かってくる、と信じて行動していたことです。「信じて」だけだとそれなりの数はいたのかもしれませんが、それを行動に繋げて実践した政治家はチャーチルぐらいではないでしょうか。またシリル・ミルズは、有名な二重スパイ、ファン・ガルボの最初のケースオフィサーでもあったそうです。その後、ミルズはほとんど亡くなるまで秘密を貫いたようですが、MI5文書の公開によってこれら事実が明らかになったわけです。
それにしても御年83歳のアンドリュー教授は、未だに一次資料を掘り起こして著作を書かれ、今回の研究会でも90分近く話しまくっておられました。その壮健ぶりに驚くと同時に、好きな研究を続けられるというのは幸せなことなのだなぁと、思い知った次第です。