フランスにおける情報研究
2018年 12月 12日
2018年11月30日、フランスの対外情報機関DGSEと国防省が共同で主催するインテリジェンスの国際会議にスピーカーとして参加してきました。本会議は「フランス流のインテリジェンス研究・教育とは」というテーマが掲げれられていたのですが、これは歴史的アプローチを得意とするイギリス流と社会学的アプローチを得意とするアメリカ流のインテリジェンス研究に対して、フランスなりの第三の道を模索するというものであります。本会議はDGSE長官と軍の幹部も参加されるとのことで、テロを警戒して当日まで会場については非公開。私は「とりあえずパリのこのホテルに宿泊せよ」とのメールだけ受け取って、かなり不安な気持ちでパリまで出向いてきました。ホテルにチェックインすると、どこからともなく関係者が現れて、打ち合わせを行うというやや秘密めいた国際会議ではありました。
私の参加したセッションは、インテリジェンス研究の国際比較ということで、アメリカ、イギリス、イスラエル、日本のそれぞれのインテリジェンス研究について報告し、議論するというものでした。フランスでインテリジェンスの会議が開催されるのはとても珍しく、私としても他流試合のようで落ち着かなかったのですが、やはり米英の知った人々が同じテーブルいると安心感があります。また日本が米英イスラエルという世界的に名だたるインテリジェンス研究大国と同じ土俵で取り上げられるというのは光栄でしたが、私が報告を行うと、やはりフランス側の落胆は手に取るようでした。DGSEとしては、米英イスラエルについては大体わかるので、できれば日本のインテリジェンス研究を参考にしてみたい、という期待もあったのでしょうが、日本では良く知られていますように、日本におけるインテリジェンス研究というのは21世紀に入ってようやく始まったような学問領域でして、日本の研究動向というのはほとんど皆無、教育もほぼゼロに等しい状況ですので、私も話しながら心苦しいものがありました。
この報告のためにこれまでの日本におけるインテリジェンス研究を纏めてみたのですが、そのほとんどは実務家かジャーナリストの手によるもので、アカデミアの貢献がほとんどないことに今更ながら気が付いた次第です。そして最大の問題は、どの学問領域でもそうなのですが、英語による対外発信を行わない限り、世界的な認知度はかなり低くなるということです。これは裏返せば日本のインテリジェンス研究は国際的に競争するレベルに達していないことの証左でもあります。私が調べた限り、英文でインテリジェンスに関する論文を発表しているのは現状、橋本力氏(University of Sharjah)と小林良樹氏(内閣官房)ぐらいのもので、これではあまりにお寒い状況なわけであります。しかも大変残念なことに橋本氏は2016年8月に若くして亡くなっておられますので、世界的に通用する若手のインテリジェンス研究者がとても少ないというのが日本の現状であります。私に対する質問で印象に残っているのは、「本当に日本の防衛大学校でインテリジェンスの教育を行っていないのか」と何度も念押しされたことでありまして、これは諸外国にとってかなりカルチャーショックな事実のようでした。
一日の会議を通して何となく見えてきたのは、フランスのインテリジェンス研究は英米の追随ではなく、独自の第三の道を行く、というものであります。具体的には、フランスのインテリジェンス研究は歴史や政治学のみならず、人文科学や社会科学、自然科学分野すべての学問領域を投入していくという野心的なものでありました。そのような試みが上手くいけば、将来的にはフランス流のインテリジェンス研究というものが構築されていくのだと思います。そしてDGSEの方々の発言の行間から何となく見えてきたのは、恐らくインテリジェンスの教育機関を立ち上げたいということなのだろうと。最初は部内用の教育機関、そしてそのノウハウを大学にも広げていきたいということなのでしょうか。我が国の場合は、当面は英米の亜流、つまりは歴史と社会科学を軸として、インテリジェンス研究を細々と続けていくしかないのかと実感した次第です。いずれにしましても国際比較のセッションは近々、共同論文に仕上げて発表する予定です。
by chatnoir009
| 2018-12-12 12:12
| インテリジェンス