インテリジェンスのリアリティ
2013年 01月 21日
今月翻訳出版されたマイケル・バー=ゾウバー著『モサド・ファイル』はなかなかの労作です。モサドに限らず、スパイやインテリジェンスについて調べる場合、難しいのはヒュミントの情報源にまでたどり着くことだと思います。要は「誰がどのようにしてその情報を得たのか」をはっきりとさせることです。シギントやイミントであれば、傍受情報や偵察写真が残りますので情報源が残るのですが、ヒュミントの場合、情報源を隠さなければならない事情から、長年経ってもよく分からないことが多々あります。その点、本書は徹底した調査によって、半世紀以上も前の事件から最近の中東情勢に関わる情報戦まで、モサドが収集した情報について細かい説明がついており、まるでスパイ小説でも読んでいるような気分になります。やはり神は細部に宿るという通り、どのような過程を経て情報が収集されたのかを知ることで、インテリジェンスの描写は深みを増すわけです。例えば1956年にフルシチョフがスターリンを批判した演説の草稿がどのようにモサドの手に渡ったのかよく分からないところがありましたので、よく「ポーランドのある情報源から得られた」と説明されますが、本書ではその経緯が細かく書かれており大変興味深いものであります。ただ本書は全体的にややモサド礼賛の傾向が強いような印象です。

これに対してこちらも最近出版されました『シークレット・ウォーズ』の方は、むしろ最近のモサドの失態の数々について書かれています。確かにモサドは80年代以降、ヒズボラやハマスに対してオペレーション上の失態を犯しており、それが2000年以降も尾を引きます。著者のロネン・バーグマン氏はケンブリッジ大のクリストファー・アンドリュー教授の門下生でして、当時からモサドにはかなり手厳しかったように記憶しています。2010年にドバイでモサドのチームがハマス幹部を殺害し、その姿がドバイ当局の監視カメラに映ってしまったことが大々的に報じられましたが、バー=ゾウバー氏によるとターゲットの暗殺に成功し、モサドの要員は一人も逮捕されていないから大した失態ではない、と評価しています。他方、バーグマン氏はこれをモサドの大失態であると批判されていたので、同じようなオペレーションでもそれをどう評価するのかは難しいところです。恐らく同じイスラエル人でもバー=ゾウバー氏がイスラエル・スタンダードで、バーグマン氏の方はイギリスのスタンダードに近いということかもしれません。
話は変わりますが、来月15日から公開の映画『ゼロ・ダーク・サーティー』の試写会に行ってきました。これはCIAの女性分析官が膨大な時間と予算をかけて、アルカイダの首領ウサーマ・ビン・ラーディンを追い詰めていく様を描いたもので、インテリジェンスの描写が大変よくできている印象です。特にCIAが協力したとあって、テロリストの情報をどのように集め、分析し、またインテリジェンスをホワイトハウスにねじ込んでいく過程までの細かな描写がとても興味深く、映画というよりも優れたドキュメンタリーのようです。CIA長官が分析官に、ビン・ラーディンが本当に潜伏しているのかと戸問い詰めた際、分析官が「60%です…」と言葉を濁すセリフには、ローエンタールの著作通りで苦笑してしまいました。やはり神は細部に宿るようです。
by chatnoir009
| 2013-01-21 22:31
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