The Mystery of Nomonhan
2012年 04月 15日
昨年末、少し話題となりましたインディアナ大学の黒宮広昭教授の“The Mystery of Nomonhan, 1939” を読んでみました。本論文は昨年The Journal of Slavic Military Studies誌に投稿されたもので、その趣旨は、1939年のノモンハン事件の際、日本側司令官の小松原道太郎中将がソ連側と内通していたというものであります。もしこれが本当であればノモンハンにおける日本軍側の苦戦はよく判りますが、それよりも日本陸軍の中将が戦場で相手側と通じていたというのはとんでもないスキャンダルであります。ただ結論から先に言いますと、本論文は大胆な推理と状況証拠から中将がソ連側と繋がっていたという結論を導き出しており、中将とソ連側の結びつきを示す決定的な証拠を提示するまでには至っていないという印象です。
まず小松原は1920年代後半に陸軍武官としてモスクワに駐在しますが、その時にソ連側のハニートラップに引っかかったようです。この話は元々1983年に出版されたGladkov氏の著作で紹介されているのですが、黒宮教授はGladkov氏に会ってその情報源を確認されたそうです。氏によると、1970年にソ連防諜機関(恐らくKGB)の知り合いからの伝聞情報らしいのですが、詳細は明らかではありません。黒宮教授によるとこの時、小松原はソ連側に弱みを掴まれたとのことです。
その後、ノモンハンで国境をめぐる小競り合いが起こるようになると、小松原は不拡大を進言する部下を退け、ひたすら戦線を拡大させるようになります。小松原は国境警備を主務としていた第23師団に対して、攻勢によってソ連軍を叩くことを命じますが、その結果は燦々たるもので、ノモンハンで日本軍は壊滅的な損害を被ることになります。この話は表面的には武勲のためにひたすら戦線拡大を行ったが、ソ連の機械化部隊に対抗できず失敗した指揮官、という風にも解釈できますが、黒宮論文によりますとソ連側はまず日本側から手を出してくれることを望み、大規模な戦闘を起こして日本側の北進への意図を挫く意図を持っていたということです。小松原はこのソ連側のシナリオに沿って行動し、それを見事に果たした、ということになりますが、肝心の小松原とソ連側の接点を証明することが曖昧なままで、やや不満の残る読後感でした。また小松原はノモンハンの翌年に亡くなっていますが、これが自殺なのか、もしくはソ連側による暗殺なのかというのも興味深いところです。
私も以前、ロシア軍事史資料館の知り合いに頼んで小松原のファイルがないか確認してもらったことがあるのですが、軍関係の史料館にはなく、あるとすればKGBの資料庫だそうで、まずアクセスは無理だろうとのことでした。しかし個人的には小松原の事案は大変興味深いものですし、当時の日本軍にもコミンテルンの隠れシンパがいたことも否定はできません。
まず小松原は1920年代後半に陸軍武官としてモスクワに駐在しますが、その時にソ連側のハニートラップに引っかかったようです。この話は元々1983年に出版されたGladkov氏の著作で紹介されているのですが、黒宮教授はGladkov氏に会ってその情報源を確認されたそうです。氏によると、1970年にソ連防諜機関(恐らくKGB)の知り合いからの伝聞情報らしいのですが、詳細は明らかではありません。黒宮教授によるとこの時、小松原はソ連側に弱みを掴まれたとのことです。
その後、ノモンハンで国境をめぐる小競り合いが起こるようになると、小松原は不拡大を進言する部下を退け、ひたすら戦線を拡大させるようになります。小松原は国境警備を主務としていた第23師団に対して、攻勢によってソ連軍を叩くことを命じますが、その結果は燦々たるもので、ノモンハンで日本軍は壊滅的な損害を被ることになります。この話は表面的には武勲のためにひたすら戦線拡大を行ったが、ソ連の機械化部隊に対抗できず失敗した指揮官、という風にも解釈できますが、黒宮論文によりますとソ連側はまず日本側から手を出してくれることを望み、大規模な戦闘を起こして日本側の北進への意図を挫く意図を持っていたということです。小松原はこのソ連側のシナリオに沿って行動し、それを見事に果たした、ということになりますが、肝心の小松原とソ連側の接点を証明することが曖昧なままで、やや不満の残る読後感でした。また小松原はノモンハンの翌年に亡くなっていますが、これが自殺なのか、もしくはソ連側による暗殺なのかというのも興味深いところです。
私も以前、ロシア軍事史資料館の知り合いに頼んで小松原のファイルがないか確認してもらったことがあるのですが、軍関係の史料館にはなく、あるとすればKGBの資料庫だそうで、まずアクセスは無理だろうとのことでした。しかし個人的には小松原の事案は大変興味深いものですし、当時の日本軍にもコミンテルンの隠れシンパがいたことも否定はできません。
by chatnoir009
| 2012-04-15 23:10
| インテリジェンス

