今月の中公
2012年 03月 29日
今月の中央公論に粕谷一希氏が、坂本義和教授と高坂正堯教授を軸とした政治学上の論争を、さらに入江昭教授が若かりし頃の思い出として、ハーヴァード時代の丸山眞男教授と高坂正堯教授について述懐されており、両方とも興味深いものでした。特にハーヴァード時代の高坂教授については、『高坂正堯著作集』における中西輝政教授の以下の一説が気になっておりましたので、とても興味深く読みました。
「彼(高坂教授)が、ハーバードで何ゆえに『歴史家たること』をあきらめたのか、私には詳らかではないが、おそらく今日以上に、あの頃のアメリカのキャンパスでは『政治学』の自己主張が強く、また『学問たらざる学問』としての国際政治学も、歴史から自立し政治学の一分野として自己を確立しうると楽観的に考えられていたことはたしかである。」
高坂教授は『古典外交の成熟と崩壊』のような歴史研究も記されているわけですから、歴史家を名乗っても良かったのではないかと思うのですが、上記の入江教授の回想でも「彼(高坂教授)は政治学、私(入江教授)は歴史学」とあり、ハーヴァード留学時代に既に高坂教授は政治学志向であったことがわかります。ただそうはいっても高坂教授はハーヴァードでかのフェアバンクス教授から中国史を学んでおられたようですし、入江教授とも研究内容はかなり被っていたようです。そうなると後は自分が自分の専門分野をどう自覚するかの問題であって、決して高坂教授がハーヴァードで歴史手法による国際政治研究に限界を見出し、国際「政治学」に移ったというような話ではなかったと推察します。
もちろん国際政治の研究者は国際政治学や国際政治史(外交史)、歴史学の研究の違いを意識しておかなくてはならないのですが、20代にして既に明確な意識を持ち、日本に現実主義の国際政治学を根付かせようとされた高坂教授はやはり早熟の研究者であった思うわけであります。
「彼(高坂教授)が、ハーバードで何ゆえに『歴史家たること』をあきらめたのか、私には詳らかではないが、おそらく今日以上に、あの頃のアメリカのキャンパスでは『政治学』の自己主張が強く、また『学問たらざる学問』としての国際政治学も、歴史から自立し政治学の一分野として自己を確立しうると楽観的に考えられていたことはたしかである。」
高坂教授は『古典外交の成熟と崩壊』のような歴史研究も記されているわけですから、歴史家を名乗っても良かったのではないかと思うのですが、上記の入江教授の回想でも「彼(高坂教授)は政治学、私(入江教授)は歴史学」とあり、ハーヴァード留学時代に既に高坂教授は政治学志向であったことがわかります。ただそうはいっても高坂教授はハーヴァードでかのフェアバンクス教授から中国史を学んでおられたようですし、入江教授とも研究内容はかなり被っていたようです。そうなると後は自分が自分の専門分野をどう自覚するかの問題であって、決して高坂教授がハーヴァードで歴史手法による国際政治研究に限界を見出し、国際「政治学」に移ったというような話ではなかったと推察します。
もちろん国際政治の研究者は国際政治学や国際政治史(外交史)、歴史学の研究の違いを意識しておかなくてはならないのですが、20代にして既に明確な意識を持ち、日本に現実主義の国際政治学を根付かせようとされた高坂教授はやはり早熟の研究者であった思うわけであります。
by chatnoir009
| 2012-03-29 22:35
| その他

