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「魔法は探し求めている時が一番楽しい」


by chatnoir009
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陸軍中野学校

 ただ今、「けいおん!」の聖地巡礼のためロンドンに来ております。
 
 それはさておき、公文書館でMI5の資料を読んでいたら、1950年代にMI5がシンガポールで活動していた元陸軍中野学校卒のオフィサーを追っていたという資料に出くわしました。資料は先月公開されたようです。戦後の中野学校といえばインドシナ独立戦争に参加された谷本喜久男氏や1970年代までフィリピン、グアムで潜入活動を続けていた小野田寛郎、横田庄一の両氏が有名です。また昔、中野学校の卒業生の方々にインタビューをして、戦後も中国や東南アジアに渡った中野学校の卒業生が冷戦期のある時期まで日本に情報を送り届けていたというお話を伺ったことがあります。もちろん彼らは終戦時に任務からは解かれていましたが、「日本の戦後復興のため」という一心で、中国などでは生涯現地人として生きて日本に情報を送り続け、任務を全うされた方もおられたようです。
 冷戦期の日本の対外インテリジェンスはもちろんアメリカに頼るところが大きかったのですが、このような旧軍の遺産によってもある程度の現地情報を得られていたのだと思います。そしてこれらの情報によって戦後、日本は対外インテリジェンスを設置しなくても何とか補完できていたのではないかと推測しているのですが、今となってはそのような貴重な情報網もなくなってしまったのでしょう。冷戦後の日本外交や対外戦略がぎくしゃくしているのもその辺に理由の一端があるのかもしれません。
 いずれにしましてもこれまで戦後の中野学校生の活躍を裏付けるものは資料として存在していなかったのですが、MI5の調査資料はそのような歴史に埋もれていた事実を裏付けしてくれました。さすが中野学校生やMI5はプロのスパイです。このようなスパイ活動を目の当たりにしても個人的には「凄かった」と月並みなことしか言えませんが、戦後もしばらく続いた中野学校生の活躍を見ていますと、日本人も国際的なスパイ活動に全く向いていないとは言えないのではないでしょうか。
   
陸軍中野学校_e0173454_21354.jpg

   これぞメンバーが座っていたKing's Road沿いのベンチ!感無量です。
by chatnoir009 | 2012-03-13 01:57 | インテリジェンス