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「魔法は探し求めている時が一番楽しい」


by chatnoir009
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M.R.D. Foot

 先月亡くなったイギリスのインテリジェンス史家、M.R.D. Foot氏についての記事が多く出てきましたので、彼の経歴について色々なことが明らかになってきました。報道に拠りますとフット氏はジョン・ル・カレの小説に実名で登場する唯一のスパイなのだそうですが、若かりし頃はかなりの修羅場を潜ってこられたようです。
 フット氏は1919年生まれ、オクスフォードで学んだ後英陸軍に参加し、1944年にはかの平賀キートン・太一氏も所属した特殊空挺部隊(SAS)に移動しています。ここでフット氏は特殊任務を与えられます。それはドイツ軍に捕らえられた特殊作戦部隊(SOE)のメンバーを救出するため、パラシュートでフランスのドイツ軍占領地域に降下することでした。しかし運悪くドイツ軍が待ち構える地点に降下してしまったようで、潜入してすぐにドイツ側の捕虜となってしまいます。当時は「ドイツ軍の捕虜=拷問&処刑」と考えられていましたから、フット氏は3度脱走を試みますがすべて失敗。一度は何とか脱走してフランス人が経営する農場に逃げ込みましたが、また運悪くそこの農夫に見つかり、首の骨と頭がい骨が骨折するまで殴られたとのことです。最終的には運よく何とか英軍に助けられ、生きてイギリスに帰国し、その後は日本本土侵攻作戦計画に加わったのですが、そこで終戦となりました。本土決戦となっていた場合、氏もまた空挺部隊員として日本に潜入されることになったのでしょうか。
 その後学究生活に入り、19世紀イギリス外交史を中心とした研究をされていたのですが、1966年に当時タブーとされていたSOEを題材に、SOE in France というインテリジェンスの著作を突如発表されます。SOEとは大戦中、戦時経財省の管轄にあった特殊作戦部隊です(軍やインテリジェンス組織ではなかったのは組織間の軋轢を避けるため)。その目的はドイツ軍の占領地域でレジスタンスを訓練し、ドイツ軍を後方から攪乱することや情報収集を行う事で、最盛期には13000人もの人員を要していました。基本的にはドイツ軍に対する破壊工作活動を任務としており、1942年5月27日にはチェコでナチス・ドイツ親衛隊(SS)長官、ラインハルト・ハイドリヒの暗殺に成功しています。しかし戦後、このような秘密工作の実情については極秘事項でした。
 1960年代にはようやく第一次世界大戦におけるイギリスの通信情報活動を描いたバーバラ・タックマンの『決定的瞬間』が出版されていたのですが、第二次世界大戦中のインテリジェンスに関する出版物は皆無でした。そのためSOEの執筆過程において、フット氏は必ず鍵をかけた部屋で元隊員へのインタビューを行い、それを基に2年間書き続けたそうです。この原稿は事前に政府の許可を得てから出版されたのですが、大部分の元SOE隊員にとっては寝耳に水の出来事であったようで、一種の暴露本と捉えられ、実際に名誉棄損で訴えられることもあったそうです。
 フット氏のこの著作はその後何度も手を加えられ、最終的には不朽の名作、SOEとして大戦中の秘密工作の研究を確立しました。このフット教授の研究によって、ようやく研究者がインテリジェンスを描くことがタブーではなくなり、その後1970年代には通信傍受活動であるウルトラに関する様々な著作の発表を導いたと言えます。またフット氏の貢献によって、イギリス政府も大戦中の秘密情報活動の公開についても検討するようになり、間接的ではありますが、その成果は1979年、サー・ハリー・ヒンズレーによる一連のオフィシャル・ヒストリーとして結実したのだと言えます。
by chatnoir009 | 2012-03-02 22:05 | インテリジェンス