人気ブログランキング | 話題のタグを見る

「魔法は探し求めている時が一番楽しい」


by chatnoir009
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

とある政府の秘密保護法 その2

 本日、都内で秘密保護法案に反対する集会が開かれましたが、これは1985年のスパイ防止法に対する反対運動を彷彿とさせます。ちょうど今TBSで放映されています『運命の人』も1972年の西山事件をモデルにしていますので真木よう子、、、ではなく機密漏洩の描写が気になっていましたが、やはり拙著でも書きましたように国家機密を規定し、それを保護する法律というのは必要だと思います。
 その理由は、国家が機密を守るということは、最終的には国民の利益に関わってくる問題であると考えるからです。例えば核やウィルスに関する機密がテロリストにでも漏洩すれば、それは国民の生命や安全保障に関わる問題ですから、そのような情報は機密指定して国家が管理しなければなりません。また他国から見れば我が国は機密が簡単に漏洩してしまうと見られているため、機微な情報を外国と共有できない状況が長く続いてきました。よって外国との情報共有のためにも秘密保護法制は必要であると思います。
 しかし報道機関の立場から見れば、秘密保護法制は政府の不都合な情報を隠し、自由な取材活動の妨げになる、ひいては国民の知る権利を侵害するものであるという意見もあります。しかしそもそも秘密保護法制は政府の不都合を隠すというよりは、国家安全保障や外交に関わる機微な事項を保全するための法律であり、そこで機密指定されるような情報は現状であっても秘匿されていると思うのですが、我が国では国民の利益よりも知る権利や取材の自由の方が強調されがちなのではないでしょうか。
 そもそも秘密保護法があっては取材ができないというのは、ジャーナリズムの甘えのような気もします。我が国よりはるかに厳格な秘密保護法制のあるアメリカやイギリスにおいて、ジャーナリストは秘密保護法を乗り越えて数々のスクープをものにしてきました。「ニューヨーク・タイムズ」のセイモア・ハーシュ記者などは政府による妨害もものとはせず、権力に切り込んできたわけでありますから、秘密保護法に反対する暇があれば自らの取材能力を高める方がジャーナリストとしては真っ当な気もします。
 厳しい言い方をすれば、既得権的な記者クラブがあり、ぶら下がりで取材していれば良い、というのはガラパゴス的な考えに過ぎないと思います。そもそも我が国では前述の西山事件判決や博多駅事件判決によって取材の自由はそれが合法的なものである限り保障されているわけですから、ジャーナリズムはその権利を享受した上で、あとは自分たちの腕を頼りに取材を進めればよいと思います。
 ただし秘密保護法制を進めるならば政府の方も「議事録を作成していなかった」、「密約の文書は存在していない」では済まされません。欧米では政府の機密を含む公文書は厳格に保存された上、2~30年後に文書館で公開されることで、政府は歴史的な審判を受けるということがルールになっています。このようなルールによって国民の知る権利は保障されており、私のような研究者もその恩恵に浴することができるわけです。ですから我が国でも秘密保護法と秘密公開ルールの整備は平行して行われるべきなのではないでしょうか。
by chatnoir009 | 2012-02-08 22:11 | その他