人気ブログランキング | 話題のタグを見る

「魔法は探し求めている時が一番楽しい」


by chatnoir009
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

インパール作戦?

 福島原発の現場責任者、吉田昌郎・東京電力執行役員発電所長が、本店の意向を無視して現場の判断で注水を続けていたというニュースに接して、インパール作戦の時の佐藤幸徳陸軍中将の話を思い浮かべました。そもそも今回の原発の事故をめぐる騒動は、私の中でどうしても無謀な作戦の代名詞であるインパール作戦と被ってしまうのです。
 インパール作戦は悪化した戦局を立て直すべく考案された、一発逆転的な要素の濃い計画であったのですが、現場の指揮官は「無謀すぎる」という理由で皆反対でした。しかしこのような反対にもかかわらず、この作戦計画を無理に推し進めたのが、かの牟田口廉也中将であります。牟田口は当時、第15軍司令官という肩書でしたが、ビルマ方面の陸軍の指揮系統は、大本営陸軍部・参謀本部-南方軍-ビルマ方面軍-第15軍-各師団、というものであり、牟田口が独断で事を進めることは少なくとも制度上は無理だったわけであります。しかし牟田口の上司であったビルマ方面軍司令、河辺正三大将は牟田口に同情的で、なし崩し的にインパール作戦を許可します。
 参謀本部でも大多数が同作戦には批判的でしたが、結局杉山元参謀総長の鶴の一声で作戦実行が許可されることになります。陸軍の高級参謀は皆、ビルマの現状に無頓着で、「牟田口がやりたいなら」という理由だけで作戦を許可します。この作戦の一翼を担った第31師団長、佐藤幸徳中将は後に「大本営、総軍、方面軍、第15軍という馬鹿の四乗がインパールの悲劇を招来した」と漏らしたといわれていますが、もう少し言えば、皆が本音では反対なのに一人だけが声を大にして主張しているうちに、何となくその場の空気で無茶がまかり通ってしまった、ということになるのでしょう。
 同作戦は兵站を全く無視して多くの餓死者を出したことで有名ですが、この作戦の問題点は「何のためにインパールを攻略するのか」といった明確な戦略目的が欠如したまま行われたということ、これは原子炉を廃炉にするのか引き続き使用するのか、といった東電の曖昧さと被ってきます。また失敗したときの計画、いわゆる「コンティンジェンシー・プラン」が練られていなかったため、実際に作戦が不発に終わり、撤退をする際に混乱、多くの死者を出す羽目になってしまいます。牟田口としては、必勝の作戦にもしもの場合の計画など必要ない、という事なのでしょうが、この辺も「原発は絶対に事故を起こさない」といった前提に通じるものがあると思います。
 結局作戦は大失敗に終わり、佐藤は死刑を覚悟の上で牟田口からの命令に背き、現場の独断で撤退することになります。戦場ではは餓死、病死者が日に日に増しており、食糧、弾薬等の補給は途切れ、石を投げて戦うというような有様だったといいます。このようなあからさまな抗命は陸軍始まって以来のことで、もはや軍隊組織としての体をなしていませんでした。牟田口は佐藤を解任し、軍法会議によって佐藤を心神喪失扱いにしてしまいます。
 同作戦では3万以上もの死者を出したために、その後作戦を反面教師として失敗の原因や教訓が学ばれたのですが、福島原発への対応は、また旧軍の組織的悪弊を繰り返しているようにも見えます。ただ旧軍は良くも悪くも、前線指揮官は度重なる実戦でもまれていたため、佐藤の配下にあった宮崎繁三郎少将などは巧みな戦術によって部隊の撤退を成功させることができました。まだ旧軍ではこのような百戦錬磨の指揮官の存在がせめてもの救いでした。
 今の政府や東電が危機管理に手こずっているのは、硬直した組織や情報の錯綜など色々あるでしょうが、根本的には危機管理の経験が圧倒的に欠けているからなのでしょう。今、組織に「カミソリ」後藤田元官房長官のような方がいらっしゃらないのが残念です。
by chatnoir009 | 2011-05-27 23:33 | その他