インテリジェンスとリーダーシップ
2011年 04月 21日
今月の『国際問題』で京大の中西寛先生が「情報と外交」と題した論文を寄稿しておられました。中西輝政先生ではなく、若い方の寛先生の方です。巷では「大中西」、「小中西」と区別をつけるそうですが、京大のそれぞれの研究室に所属していた学生は大抵、「輝政先生」、「寛先生」と親しみを込めて区別することが多かった気がします。実は寛先生もインテリジェンス方面に関心を寄せておられ、情報史研究会を立ち上げた頃は研究会に参加していただいておりました。う~ん、懐かしい。
閑話休題。本論考は日本のインテリジェンス史を近代以前から遡って検討しているものでして、特にわが国の抱えるインテリジェンスの根本的な問題に対する指摘はなかなか鋭いものがあります。恐らく本稿の白眉は、「日本の情報体制の最大の課題は、政策サイドの弱さであろう。戦前から戦後を通じて、日本の政治体制は首相個人に権限を集中させない仕組みを採っている。戦前では軍部の統帥権が最大の問題だったが、戦後でも、内閣法にある「分担管理」原則によって首相の各省への権限は依然として制約されており、内閣官房も調整機能を有するにすぎない。」(23頁)という指摘ではないでしょうか。これは戦前も戦後も組織的弊害から生ずる首相のリーダーシップの弱さが、インテリジェンスの有効利用を妨げていると解釈できるでしょう。
戦前の陸海軍は、天皇― 陸海軍大臣(参謀総長・軍令部長)― 陸海軍という構図ですから、陸軍と海軍はそれぞれ情報を集めてトップに上げるだけです。このラインでは首相は蚊帳の外に置かれていますので首相に情報が伝達されませんし、首相が大戦略を考えてもそれを陸海軍に命ずることはできません。戦後は首相 ― 内閣官房(内調)--- 各省庁(情報)というラインが作られたのですが、この時、内閣官房組織令は内調に「情報に関する連絡調整」の役割しか与えていません。すなわち、首相や内調が各省庁に対して「こういった情報がほしいので収集してほしい」と指令することができないわけであります。
逆に各省庁から見れば、内調に情報を渡す必要がなく、そうなると「重要そうな」情報は直接自分たちの手で首相に持って行った方が、覚えが良くなるわけで、各省庁こぞって官邸に情報を上げることになります。しかし肝心の首相にしても各省庁に対する権限はなく、憲法65条の規定にありますように行政権は内閣に属している、つまり国務大臣からなる閣議が唯一の決定機関として存在しているわけですが、機微なインテリジェンスを共有するためや決定を急ぐような状況下でいちいち閣議を招集するのもあまり現実的ではありません。65条に少し手を加えて「行政権は首相に属する」とやってしまえば首相の権限は強化され、自然と情報も首相のお膝元である内閣官房に集まってくる気もしますが、憲法に手を加えるのはかなりハードルの高い作業であります。
さらに種々の法体系によって、基本的に政府の業務はすべて細分化され、それぞれの省庁の所掌事務として扱われます。「情報」という分野においても、対外情報なら外務省、軍事情報なら防衛省、公安情報なら警察庁、といった具合にひたすら縦割されていきますので、そこに内調が絡んでいくことが困難な状況が生じています。すなわち、インテリジェンスの分野で首相や内調が存在感を発揮できないのはこのような原則的な縛りがあるからでして、「だったら法律を改正して、内調の所掌事務を規定すれば良いじゃないか」という意見もあります。しかしもし内調の所掌事務を内閣法か何かで「インテリジェンス」と定めようとした場合、各省庁が持つそれぞれの情報に関する所掌を一から再検討し、法制局とも延々議論しなければならなくなります。現状、役所はどこも手一杯ですので、このような時間と手間のかかる作業はノーサンキューとなり、結局は現状が維持されてしまっています。
そのため内調としては「機能強化」と銘打った改革で、組織令の枠内で本来の連絡調整のところを強化していくしか選択肢がなく、実際その方向に進んでいます。例えばその一つが内閣官房に設置された合同情報会議でありまして、ここでは内調が調整して各省庁の情報担当部局との会議を開くという形をとっています。恐らくこのような体制をさらに進めていけば、イギリスの合同情報委員会のようなものに進化していくのかもしれません。ただそこに至るためには、首相の権限強化も避けては通れないでしょう。
なお『外交』vol.5では松田康博先生も主に安全保障分野の危機管理に焦点を当てながら、同じような事を指摘されていました。

閑話休題。本論考は日本のインテリジェンス史を近代以前から遡って検討しているものでして、特にわが国の抱えるインテリジェンスの根本的な問題に対する指摘はなかなか鋭いものがあります。恐らく本稿の白眉は、「日本の情報体制の最大の課題は、政策サイドの弱さであろう。戦前から戦後を通じて、日本の政治体制は首相個人に権限を集中させない仕組みを採っている。戦前では軍部の統帥権が最大の問題だったが、戦後でも、内閣法にある「分担管理」原則によって首相の各省への権限は依然として制約されており、内閣官房も調整機能を有するにすぎない。」(23頁)という指摘ではないでしょうか。これは戦前も戦後も組織的弊害から生ずる首相のリーダーシップの弱さが、インテリジェンスの有効利用を妨げていると解釈できるでしょう。
戦前の陸海軍は、天皇― 陸海軍大臣(参謀総長・軍令部長)― 陸海軍という構図ですから、陸軍と海軍はそれぞれ情報を集めてトップに上げるだけです。このラインでは首相は蚊帳の外に置かれていますので首相に情報が伝達されませんし、首相が大戦略を考えてもそれを陸海軍に命ずることはできません。戦後は首相 ― 内閣官房(内調)--- 各省庁(情報)というラインが作られたのですが、この時、内閣官房組織令は内調に「情報に関する連絡調整」の役割しか与えていません。すなわち、首相や内調が各省庁に対して「こういった情報がほしいので収集してほしい」と指令することができないわけであります。
逆に各省庁から見れば、内調に情報を渡す必要がなく、そうなると「重要そうな」情報は直接自分たちの手で首相に持って行った方が、覚えが良くなるわけで、各省庁こぞって官邸に情報を上げることになります。しかし肝心の首相にしても各省庁に対する権限はなく、憲法65条の規定にありますように行政権は内閣に属している、つまり国務大臣からなる閣議が唯一の決定機関として存在しているわけですが、機微なインテリジェンスを共有するためや決定を急ぐような状況下でいちいち閣議を招集するのもあまり現実的ではありません。65条に少し手を加えて「行政権は首相に属する」とやってしまえば首相の権限は強化され、自然と情報も首相のお膝元である内閣官房に集まってくる気もしますが、憲法に手を加えるのはかなりハードルの高い作業であります。
さらに種々の法体系によって、基本的に政府の業務はすべて細分化され、それぞれの省庁の所掌事務として扱われます。「情報」という分野においても、対外情報なら外務省、軍事情報なら防衛省、公安情報なら警察庁、といった具合にひたすら縦割されていきますので、そこに内調が絡んでいくことが困難な状況が生じています。すなわち、インテリジェンスの分野で首相や内調が存在感を発揮できないのはこのような原則的な縛りがあるからでして、「だったら法律を改正して、内調の所掌事務を規定すれば良いじゃないか」という意見もあります。しかしもし内調の所掌事務を内閣法か何かで「インテリジェンス」と定めようとした場合、各省庁が持つそれぞれの情報に関する所掌を一から再検討し、法制局とも延々議論しなければならなくなります。現状、役所はどこも手一杯ですので、このような時間と手間のかかる作業はノーサンキューとなり、結局は現状が維持されてしまっています。
そのため内調としては「機能強化」と銘打った改革で、組織令の枠内で本来の連絡調整のところを強化していくしか選択肢がなく、実際その方向に進んでいます。例えばその一つが内閣官房に設置された合同情報会議でありまして、ここでは内調が調整して各省庁の情報担当部局との会議を開くという形をとっています。恐らくこのような体制をさらに進めていけば、イギリスの合同情報委員会のようなものに進化していくのかもしれません。ただそこに至るためには、首相の権限強化も避けては通れないでしょう。
なお『外交』vol.5では松田康博先生も主に安全保障分野の危機管理に焦点を当てながら、同じような事を指摘されていました。

by chatnoir009
| 2011-04-21 22:05
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