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情報保全

 ようやく警視庁公安部の流失資料を読み始めた矢先、今度は海保のビデオが流出との報に接して慌ててこちらも閲覧しました。後者に関しては時事通信からコメントを求められましたので、日本は機密保護制度が未整備だから部内からの情報漏洩が起こる。今回の一件は同情できるが、今後国益を侵すような情報が流出する危険性を考えた場合、今回のビデオ流出を深刻に受け止め、法整備や組織などの本格的な制度設計の検討に乗り出すべきだ、と話しました。情報保全の問題は、1985年の中曽根政権時代にスパイ防止法が頓挫してそれっきりになっています。しかし最近でも2004年の上海総領事館員自殺事件や2007年のイージス艦情報漏洩事案などで手痛い目に遭っているはずなのですが、どうも制度そのものを見直そうという方向には進んでいかないようです。今回の事案においても情報流失源の特定は重要ですが、下手人探しに拘泥せずより広い視野から問題を検討していただきたいものです。
 やや話は逸れますが、最近このブログで紹介させて頂いた『日米秘密情報機関』を読んでいて気になったのは、本書内で1980年に生じた宮永幸久元陸将補からコズロフ駐日ソ連武官に自衛隊の情報が漏洩したことが書かれています。本事件は公式には自衛隊の「秘」文書である「軍事情報月報」が流出したことになっていますが、同書によりますと洩れていたのは実は「極秘」にランクされる、アメリカから提供されていた中国情報(JA会議資料)だと書かれていました。不勉強ながらも私の知る限りこのことが明るみに出たのは初めてだと思いますが、アメリカからの資料提供の事実をさらりと書いてしまったのはやはり問題ではないかと思います。欧米では現役から退いた政治家や軍人が回顧録を書く際には必ず政府の検閲が入り、細部までチェックされます。イギリスのチャーチル元首相がかの有名な『第二次大戦回顧録』を書き上げるまでにどれほど政府の検閲が入り、国家機密に関わる事項が削除されていったのかは、David Reynolds, In Command of History という一冊の学術書に纏め上げられているほどです。私が最近調べています1956年のスエズ紛争に関しても、政治家の回顧録が検閲を受けて当たり障りのない内容になっていたのですが、最近、検閲の記録そのものが公開されたお陰で、裏の部分のかなり機微な内容がわかるようになりました。他方、我が国では特にこのような制度はないわけです。
 情報保全が比較的しっかりしている欧米においても、以前本ブログで取り上げたウィキリークスなどには苦慮しており、新たな対応が求められつつあります。そう考えますと、我が国の情報保全体制というのは周回遅れに突入しているようで、たとえ機密保護法や防諜保全組織のようなものを立ち上げられたところで、欧米が直面しているような問題には対応できないような気もします。
 ところで公安部の資料を読んでみて思ったのは、やはりこの程度のことしかやってないのかなぁ、というものでありますが、この点については黒井文太郎さんが鋭い指摘をされていますので、そちらを参照されたほうが良さそうです。
by chatnoir009 | 2010-11-05 21:58 | インテリジェンス