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by chatnoir009
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The Journal of Military History

 The Journal of Military History誌の最新号に、キングス・カレッジのグレッグ・ケネディ教授の論文、“Anglo-American Strategic Relations and Intelligence Assessments of Japanese Air Power 1934-1941” が掲載されているのに気が付きました。ケネディ教授は戦史研究、特に第二次世界大戦期の権威でありますから、かなり期待して読んだのですが、幾つか腑に落ちない点が散見されました。そもそも以前にも書きましたように、シンガポール陥落や真珠湾の原因に関しては、米英に根強く見られた「日本人に対する偏見」が情勢判断を見誤らせた、という議論が戦争直後から多く見られたのですが、その後のインテリジェンス関連資料の公開によって、「自民族中心主義的」なものの見方が客観的な情報分析を妨げていた、というような議論になってきました。ところがケネディ教授の議論は「人種差別が情勢判断を誤った主な原因だった」とまた逆戻りしています。さらに結論として、「米英は日本の戦術的空軍力に関しては見誤ったが、戦略レベルでは正しく判断していた」となっており、緒戦における連合国の苦戦は「十分な空軍戦力が配備されていなかったため」とされております。しかし個人的には、現場の情報収集段階においてはそれなりに情報を集めていたが、上の戦略レベルになると客観的な情報が主観的観測によって歪められていった、というような構図ではなかったかと思います。配備戦力に関しても、戦力が少なかったから苦戦したというよりは、日本を過小評価していたために戦力を十分配備しなかったのではなかったかと考えています。
 この分野でいつも問題になるのが、1940年9月、中国戦線に初投入された零戦が驚異的な活躍をしたため、米英の空軍情報部はこの零戦の情報を上に報告していたのですが、米英どちらの軍首脳部もこのレポートを信じようとせず、破棄してしまった経緯があります。論文によりますと、「それまで失敗を続けてきた日本の空軍力に対する低評価は、零戦の限られた活躍ぐらいでは覆らなかった」と一言で片付けられていますが、果たしてそうだったのでしょうか。そもそも日本軍の「失敗」とは中国戦線における戦略爆撃の効率の悪さだったのですが、当時の軍事技術では精密爆撃は不可能であり、それを認識していた米英は枢軸国に対して絨毯爆撃を敢行したわけであります。さらには爆撃機と戦闘機である零戦は別ものでありますから、やはりこの辺も腑に落ちないところであります。
 確かに連合国側から見れば、人種差別論は日本軍の能力を見誤った要因の一つではあり、それを疑う余地はほとんどありませんが、それらは既に議論され尽くされた感があります。従ってそこから研究を進める上でも新たな論点を議論していく必要性があるのではないでしょうか。個人的には戦間期に技術革新の進んだエア・パワーは、実際に使ってみるまではよくわからない領域のものではなかったかと思います。米海軍は1920年代、海軍大学校のシュミレーション・ゲームによって、将来空母艦載機が海戦の中心を占めるであろうという当時としては画期的な結論を導き出していましたが、これもやはり実際に戦闘を経験してみて初めて証明されたわけであります。米英は自分達のエア・パワーがどのようなものであるのかさえ的確に認識していなかったのですから、極東の島国のエア・パワーを分析するというのは現実的には難しい課題だったのだろうと想像できます。そう考えると日本のエア・パワーに対する情報分析は、インテリジェンスの限界という観点から議論できそうな気もしてきますが果たして…。
by chatnoir009 | 2010-07-27 22:07 | インテリジェンス