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ホワイトホール61番地 ~ インテリジェンスを学ぶ

「めちょっく」or「キラやば~☆」?

日中歴史認識

 中央大学の服部龍二先生から送っていただいた、『日中歴史認識-「田中上奏文」をめぐる相克 1927-2010』をぱらぱらと読んでいました。いつもながら服部先生のマルチ・アーカイブスを駆使した詳細な実証研究にはただただ頭が下がる思いで、これは何としても見習わないといけないのですが、ふと視点を変えてみると本作は紛れもなく一級の情報史研究だということに気付かされました(東大出版会の研究書にもかかわらず、です)。 
 本書は悪名高い「田中上奏文」がどのような経緯で執筆され、それが流布されていったのか、さらには戦後の歴史認識問題にまで踏み込んだ意欲作ですが、横糸として中国、コミンテルンによるプロパガンダ工作という観点が入っていますので、それまでの田中上奏文真偽論、起源論から一歩踏み出したものとなっています。
 どうやら服部先生自身もそのような問題意識を持っておられるらしく、本書内で以下のように書いておられます。

「『田中上奏文』に教訓があるとするなら、それは国際政治における情報戦の重みだろう。(中略)日本は太平洋戦争に敗北しただけでなく、対日イメージをめぐる宣伝でも敗退したといわねばなるまい。」(325頁)

 e0173454_21455760.jpgところで「田中上奏文」で思い出されるのがイギリスの「ジノヴィエフ書簡事件」です。これは1924年にコミンテルン議長、ジノヴィエフがイギリス共産党に対して革命を促す文書を送ったとされるものです。この書簡はイギリス総選挙の4日前に新聞にすっぱ抜かれ、当時ソ連との距離を近づけつつあった与党英労働党は大敗北、保守党に勝利をもたらすこととなりました。この書簡は長らく偽物であると語られてきましたが、1977年にケンブリッジ大学のクリストファー・アンドリュー氏が学術的に検証し、またその後1999年にはジル・ベネット氏の公式調査によって、「ジノヴィエフ書簡」が白系ロシア人によって書かれた偽造文書であり、イギリス情報部がそれを政治的に利用したことが明らかになっています。
 恐らく「田中上奏文」のインパクトは「ジノヴィエフ書簡」に匹敵するものであったのですが、日本の歴史学者は上奏文が最初から偽物であることは明らかであったとし、その真の執筆者が誰であるか、という犯人探し以外の学術的検討は積極的に行われてきませんでした(江口圭一、秦郁彦氏らによる意欲的な検証はありますが)。これまでこの課題を追及する上での問題は資料的な制約にあったのですが、今回、服部先生は日本、中国、台湾、ソ連、アメリカ等の資料や個人文書を縦横に駆使し、上奏文が中国やコミンテルンによってプロパガンダに利用されていった経緯を明らかにされています。
 イギリスの情報史研究が高いレベルを保っている理由の一つは、政府による体系的な史料保存、公開の制度が整備されていることにありますから、我が国の情報史研究はこのようなやり方をそのまま踏襲できるわけではありません。しかし本書で服部先生が示されたアプローチは、日本における情報史研究の良き一例として模範とされていくべきではないでしょうか。
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by chatnoir009 | 2010-03-02 22:03 | 書評 | Trackback | Comments(0)
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