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「魔法は探し求めている時が一番楽しい」


by chatnoir009
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ヴェノナ

 先月、PHP研究所から『ヴェノナ』の日本語版が発売されました。「ヴェノナ」は米英によるソ連暗号解読のプロジェクト名でして、「ヴェノナ」の意味は不明ですが、これは第二次大戦中から戦後にかけてソ連の強固なワンタイムパッド(一度限りの暗号)による5数字暗号を解読し続けた記録でもあります。1940年代には日本陸軍もソ連の5数字暗号の一部を解読していたため、連合国と枢軸国は同時期にソ連の暗号解読を試みていたことになるのですが、本書の中では日本とフィンランドがソ連の暗号解読についてやり取りしている通信をアメリカが盗読して、赤軍暗号解読のヒントにしたことが書かれています。恐らく日本軍のソ連担当暗号解読官達も、戦後アメリカのヴェノナ計画に協力させられたのでしょう。
ヴェノナ_e0173454_18394971.jpg 「ヴェノナ」そのものの意義は、例えば原爆の機密をソ連側に漏洩したローゼンバーグ夫妻のように、当時は十分な証拠を提示されないまま電気椅子送りとされ、その後世論の物議を醸した事件に、裏づけとなる証拠を提供したことにあります。ヴェノナ文書の公開によって、夫妻のスパイ罪が初めて明らかにされたということになります。
 本作はアメリカ、及びソ連で新たに公開された膨大な暗号解読資料を丹念に猟歩し、アメリカ国内に浸透したソ連側スパイや協力者とモスクワのやり取りから、多くの関係者を突き止めている点です。そのため本書は誰がスパイだったか一人一人明らかにし、それらの人物が行った情報漏洩について淡々と解説しているので、研究書というよりは資料集としての価値が高いのではないかと思います。確かに本書の終章ではヴェノナ文書で明らかになった協力者達を総括し、これら情報漏洩によってどの程度アメリカの国益が損害を与えられたのかについて考察されていますが、恐らくこれからはこの種の検討がさらに必要となってくるのではないでしょうか。特にアメリカにおけるソ連への協力者達が、当時の国際関係に与えた影響等をじっくりと精査していく必要性があるのでしょう(例えば原爆スパイが事前に逮捕されていればソ連の原爆開発は遅れ、朝鮮戦争時には間に合わなかったでしょう)。「ヴェノナ」は主に米英における東側の浸透を調査する目的で行われていましたので、本書では我が国に関して言及されていません。これに関しては日本側協力者の名前が暴露されている、C. Andrew and V. Mitrokhin, The Mitrokhin Archive II(ミトローヒン文書)が良いのではないかと思います。
 本書は翻訳版ではよく省略されがちな原注もきっちり訳されている上に、日本人に馴染みの薄い人名リストや人物関係相関図などが新たに加えられており、まさに「痒いところに手が届く」出来ばえであります。ただ帯の「1945年8月、日本への原爆投下をソ連は事前に掴んでいた!」というのはやや過大なキャッチコピーに映ります。これは大抵出版社が売るために付けるので仕方ないとは思うのですが(私も自分の本にはいつも派手な宣伝文句を付けられてしまいますので)、ソ連はそこまでは掴んでいなかったのではないでしょうか。
by chatnoir009 | 2010-02-12 23:00 | インテリジェンス