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Failing Intelligence

 研究者の間では自分の書いた本や論文をお互いに送り合うことがよくあり、これは日本もイギリスも同じようです。ただし個人的には、送られた側は出来る限り、読後の感想やコメントを先方に送ることが最低限のエチケットだと考えていますが、言うは易しで、私もなかなか全部に目を通してコメントを送ることは実行できていません。本や論文を送ってもらうことで、普段フォローし切れていない分野や最新の研究動向に触れることができるので、これは良い習慣かな、と思ってはいますが。特に英文のジャーナルに関しては、なかなかすべてを押さえることができませんので、送っていただいたものになんとなく目を通すと、はっとさせられることがあります。
 
 今回ご紹介する論文も著者から直接いただいたもので、アヴェリストウィス大学(かつてのウェールズ大学アヴェリストウィス・カレッジ)のポール・マドレル先生が International Journal of Intelligence and Counterintelligence の最新号に寄稿された、Failing Intelligence; US Intelligence In the Age of Transnational Threats (苦戦するインテリジェンス-トランスナショナルな危機の時代のアメリカのインテリジェンス)というものです。 マドレル先生はケンブリッジ大学のクリストファー・アンドリュー教授の指導の下でインテリジェンスの博士号を修められ、現在はアヴェリストウィス大学で教鞭をとっておられます。「アヴァ」と言えば(こう書くとなんだか「エヴァ」みたいですね)、近々、同大学のインテリジェンス研究会である、CIISSが大掛かりなインテリジェンスの研究会を3日間がかりでやるそうです。これはかなり気合が入っています。ひょっとしたらこれは「神話」になるかもしれません。。。

 さて、この論文の要旨は、アメリカのインテリジェンスはアルカイダのようなトランスナショナルなテロ組織に対応できていない、というものでありまして、なかなか興味深い内容です。マドレル先生は、アメリカのインテリジェンスの伝統が第二次世界大戦に根ざしており、その本質は「相手の意図をテキントで事前に知ることで、戦争や交渉を優位に進める」というものであるそうです。このインテリジェンスは冷戦時代の対ソ連インテリジェンスにも応用され、アメリカの冷戦戦略に大きく寄与しました。このようにアメリカのインテリジェンスはライバル国家を想定し、シギントやイミントといった技術情報で相手を出し抜く、というものであります。
 ところがイラクの大量破壊兵器やアルカイダのようなテログループに関して言えば、アメリカのインテリジェンスは全く対応できていないと言わざるを得ません。例えば、盗聴などの通信情報に関しては、もはや敵方にも盗聴の危険性はよく認識されており、ここからは有益な情報を期待することはほとんどできなくなっていますし、また衛星情報も大量破壊兵器を生産する工場の内部までは覗けないし、テロリストの活動など把握しようがない、ということであります。そもそも大量破壊兵器の開発に関しては軍事用と産業用途との区別が付きにくく、開発する側はそれを隠蔽しやすいという利点があります。マドレル先生の指摘によりますと、アメリカは、インド、パキスタン、リビア、北朝鮮、イラク、イランの核兵器開発に関して、すべて事前に把握することに失敗したそうです。
 情報収集がこのように期待できないとなると、その後の情報分析も曖昧なものしか出てこない、ということになりますので、分析能力だけを高めてもこれはあまり意味がないみたいです。
 では結局どうすれば良いのか、と言う話なのですが、ここは初心に戻って相手の懐に入り込むスパイやエージェントのようなヒュミントに立ち返れ、ということになってくるそうです。これはまさにイギリス人的な発想です。なぜなら、「インテリジェンス」という言葉は、英米の間で若干ニュアンスの違いがありまして、アメリカの「インテリジェンス」は分析・評価された「使える情報」であるのに対し、イギリスの「インテリジェンス」は特殊な情報源から得られた「秘密情報」の意味になるからです。もちろんどちらの側もこういう意味があることは分かっているわけですが、やはりイギリス人としては、「スパイを使って取ってくる秘密情報を馬鹿には出来ない」、と言ってみたいのではないでしょうか。
 最後にマドレル先生の論旨をごくごく簡単にまとめますと、「これからの世界で降りかかってくる災難を見極めるには、盗聴や衛星情報を取って分析しているだけでは不十分や。自分の足でこっそり稼いでくる情報も大事やで」ということになるのでしょうか。この結論だけ見ますとありきたりな話なのですが、それを論文で論証するのはなかなか難しいことだと思います。
by chatnoir009 | 2009-03-23 23:18 | 書評