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講座警察法

 講座警察法_e0173454_22355840.jpg講座警察法』全三巻が発売されました。本書は警察行政について網羅した専門書で、多くの警察関係者が執筆に携わっていますが、第三巻の最終章では「公安の維持」と題して警察のインテリジェンス活動に触れられています。しかも「外事警察史素描」という論文を執筆されているのは、現役の内閣情報官、北村滋氏であります。北村氏といえば2006年に、「最近の『情報機関』をめぐる議論の動向について」と題した論文で、内閣情報官の位置づけに対する、抑制的かつ大胆な議論を展開されていますが、今回のものは明治期から現代までの外事警察の活動の歴史であります。
 外事警察というと、日本のカウンター・インテリジェンス組織でありますが、その実態はよくわかってきませんでした。ドラマ化もされた、麻生幾氏の『外事警察』は細部までよく取材された印象で、何人かの警察関係者も絶賛されていましたが、肝心の経験者による回顧録などはほとんとなく、その内情がなかなか表に出てきませんでした。そのような中、外事情報部長まで務められた公安畑のプロ、北村氏による論稿となりますと、これはとても貴重なものです。ただ現役の内閣情報官が執筆するようなものは、それがたとえ個人的なものであっても、内容チェックが入るはずですので、部内の秘め事について書くことは無理でしょう。そのため内容は公開情報を基に、外事警察の組織変遷について淡々と書かれていますが、「外国治安情報機関等とハイレベルで質の高い情報交換をより円滑に行うことが可能となった」というような記述は、実情を知る部内の人間ならではのものかと思います。
 
 ただそれよりも個人的に驚いたのは、「太平洋戦争」を「大東亜戦争」と記述されている点でしょうか。普通、政府関係者が太平洋戦争について言及する場合は「先の戦争」ですし、せいぜい太平洋戦争までです。しかし本論考の中では1941年12月12日の閣議で大東亜戦争の呼称が公式決定されたという注を引きつつ、大東亜戦争で一貫しています。現役の政府高官がこのような呼称を「敢えて」使用するというのはかなり思い切ったという印象です。
 私自身、いつもこの呼称については苦慮するのですが、結局無難な「太平洋戦争」を使用しています。参考までにこの呼称について挙げておきますと、「大東亜戦争」(閣議決定された公式呼称。ただし右寄り)、「太平洋戦争」(米国による呼称、ニュートラルな印象)、「極東戦争」(英国の一部歴史家による呼称、学術的)、「日米戦争」(ニュートラルな印象)、「昭和戦争」(読売新聞が提唱した呼称)、「15年戦争」(左寄り)、「アジア・太平洋戦争」(左寄り)といった感じでしょうか(大東亜戦争と「大東亜戦争」や、アジア太平洋戦争とアジア・太平洋戦争は違う、といった細かい議論を挙げていくときりがありませんが、気になる方はこちらをどうぞ)。

 閑話休題。もう一点興味深かったのは、高知県警本部長、小林良樹氏の「インテリジェンスと警察」と題した論文です。小林氏については、本ブログでも何度も取り上げておりますので今更説明する必要もないですが、氏は昨年まで慶應義塾大学でインテリジェンスの講義を担当し、『インテリジェンスの基礎理論』も執筆されている学究肌の実務家です。
 本論文は、法執行機関である警察がインテリジェンス業務を行うべきなのか、といった本質的な問題について論じられており、とても興味深いものです。そもそも同じ調査活動を行うにしても、法執行機関は事件が起きた後に狭く深く調査を行うのに対して、情報機関は平時から常に広く情報収集を行うため、この両者は似ているようで実はカルチャーが異なります。そのため法執行機関が情報活動を行うべきかどうかについては色々な意見があります。欧米先進国で法執行機関がインテリジェンス活動も行っているのは日米だけでして、アメリカではかのFBIになります。ただアメリカでもFBIからインテリジェンス機能を切り離し、独立した防諜組織を立ち上げるべきだとする意見も根強く聞かれており、なかなか悩ましい問題のようです。
 こういった問題意識に対して本論考は、インテリジェンスの本質論から始め、慎重に警察とインテリジェンスの関係について論じられています。そして本稿では警察がインテリジェンス活動を副次的に行うことについては特に問題がないという結論ですが、最後の所で、「我が国自身の独自の政治、社会、歴史状況等を踏まえつつ、我が国にとって最も相応しい制度を個別具体的に検討する必要があるものと考えられる」、といった含みを持たせた結論となっています。
 もちろん現役の警察官が「警察がインテリジェンスをやるのは不適切」と言ってしまえるわけはありませんが、我が国では戦後長らく、公安警察がインテリジェンス活動を率いてきた伝統がある以上、それを前提とした上で新たな制度を検討していく必要があるということでしょうか。この問題意識は今後、警察と関係の深い内閣情報調査室にも関係してくる話ではないかと思います。
 
by chatnoir009 | 2014-03-30 22:38 | 書評