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スポーツ・インテリジェンスとビッグデータ

オリンピックの裏方、スポーツ・インテリジェンス
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 本ブログ
でも度々取り上げています、スポーツ・インテリジェンスの概論が遂に書籍化されました。スポーツ・インテリジェンスとは、情報(インテリジェンス)によってスポーツ競技を勝ち抜くための知恵(インテリジェンス)とでも言えますでしょうか。具体的には現在のオリンピック競技が、個人選手の能力というよりは組織による「総合力の戦い」になってきているため、選手をバックアップする組織(日本でいえばJOC)が、ルールや新技術(北京オリンピックで話題となったレーザーレーサーの水泳着など)、相手選手に関する情報収集を行い、それらを分析して選手なり競技団体に提供することで、より多くのメダルをもたらそうという活動であります。スポーツ・インテリジェンスの世界でもインテリジェンス・サイクルを原則とし、公開情報のみならず、人的情報や画像情報などあらゆる手段を駆使して情報を集め、それらを分析にかけてインテリジェンスを生み出すという過程は、まさに国家のインテリジェンス活動と同じであります。
 幸いなことにこの分野では日本が最先端のようですから、このまま行けば世界第3位のメダル数獲得という目標も夢ではありませんが、野球のセイバーメトリクスのように他の国が本格的にスポーツ・インテリジェンスを導入した場合(フランスは2012年に導入したそうですが)、比較優位が失われてしまうことも想定しておく必要があると思います。

ビッグデータ 
 最近読んだ本の中では、『ビッグデータの正体』の方も印象に残りました。最近、統計学についての本が売れているようですが、この本は特に面白かったです。恐らくビッグデータ処理の分野では、スノーデン事件で話題になった米国家安全保障局(NSA)が圧倒的に強いと想像します。NSAといえば悪名高い「エシュロン」の中核を担う存在で、世界中から通信傍受と暗号解読によって情報を集めており、所謂「プリズム計画」によって世界中のSNSやメールなどからも膨大な個人情報を集めているそうです。確かにNSAの通信傍受による情報収集能力は驚異的で、数時間で米国の議会図書館に保管されている書籍情報に匹敵するデータ量を収集していると言われていますが、これまではこの集めた膨大な情報のほとんどが処理されないままではないかと推測されてきました。しかしながら最近漏れ伝わってくるところによりますと、NSAはグーグルやマイクロソフトなど世界的なIT企業と協力しながら、ビッグデータを捌くための手段を開発しているようであります。民間のレベルでも、「ハドゥープ」のようなデータ処理ソフトが出回るようになりましたので、恐らくNSAは独自の技術によって莫大なデータを管理・処理しているものと考えられます。

20世紀のインテリジェンスとビッグデータの出現
 ところで20世紀のインテリジェンス(情報活動)の分野では、基本的に「秘密」情報を入手し、それを迅速に軍事作戦や政治に活かした国が有利に立つことができました。例えば第一次大戦のツインメルマン電報、第二次大戦のエニグマ暗号や日本海軍作戦暗号の解読、冷戦期の衛星情報の導入やギョーム事件など、これらは基本的に秘密の情報を上手く取ってきてそれを活かした事例です。つまり情報収集が圧倒的に重要でした。
 逆に20世紀における情報分析の方は専門的な分野を除くと、秘密情報ほどのインパクトはありませんでした。その理由は『専門家の予測はサルにも劣る』でも説明されていますように、①予測や分析というのは色々な事を幅広く知っておくほうが良い、②ところが専門家は狭い専門分野の事しか知らないし、わからない部分については想像で話を作ってしまう、③そもそも現実社会はあまりに複雑だし、分析するには情報の量が圧倒的に足りない、逆に情報がありすぎても分析者は捌けない、というようものです(かく言う私自身も現在のシリア情勢があのような形で展開するとは数週間前に予測できませんでした)。
 スポーツ・インテリジェンスとビッグデータ_e0173454_2214820.jpgところが「情報が足りない」、「情報を捌けない」の話は、ビッグデータの出現とその処理によって大きく変わってくることになります。特にデータ処理で画期的だったのは、それまでの情報分析が因果関係、つまり原因→結果のプロセスを解明するのに労力を割いていたのに対して、ビッグデータの処理は因果関係に囚われず、ただ結果を出し続けるところにあります。因果関係を思索し出すと、どうしても個人的な仮説や主観的な物の見方が入り込んでしまい、分析の精度が下がることになります。
 『ビッグデータの正体』では、グーグルで検索された言葉のデータ解析から、医学の専門家でもないグーグルの技術者がどの州でインフルエンザが流行するかを予測し、それが的中したという事例を冒頭で紹介していますが、従来の分析であれば「何故この州でインフルエンザが流行するのか」という原因を考えることになってしまいます。データ処理はそこをすっ飛ばして、結論だけを提示することころにポイントがあるわけです。

今後の潮流
 21世紀のインテリジェンスの潮流を予測しますと、サイバー戦争(英国キングスカレッジのThomas Rid教授はサイバー「戦争」という用語は適切でないと指摘されていますが)とデータ分析競争になりそうです。後者においては世界中のビッグデータの処理と分析、そしてそこから有益なインテリジェンスを生み出す仕組みや技法を考え出した組織が有利に立てそうです。前述のインフルエンザの事例は、ビッグデータの処理が様々な分野に応用できることを物語っています。つまりビジネス分野はもちろん、統計学を生み出した公衆衛生やスポーツ・インテリジェンスの分野にも応用できますし、外交や安全保障分野においても、ビッグデータ処理の手法を確立する必要があるのではないかと考えています。
by chatnoir009 | 2013-09-12 22:03 | 書評