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CIISS

 予告していましたように、4月30日から5月2日にかけて、ウェールズのGreynog というところで、アベリストウィス大学CIISS(インテリジェンス・国際安保障研究センター)の主催による、インテリジェンスの大会が開催されましたので参加してきました。今年、2009年は、MI5、MI6創設100周年記念の当たり年ですので、各地でこのような大掛かりな大会が開催されています。CIISSのお題も、“100 Years of British Intelligence: From Empire to Cold War to Globalisation” ということで、主にイギリスのMI5、 6やJIC(合同情報委員会)といったものに焦点を当てた大会となりました。
 しかし相変わらず、アベリストウィスへの道のりは遠く険しいものであります。今回、同地を訪れるのは2回目になりますが、それでも途中の移動にはうんざりします。またアバ方面は電車の本数もかなり少ないので、結構途中で顔見知りに会ったりもします。バーミンガムの駅でぼけ~とつっ立っていたら、JICのオフィシャル・ヒストリアンである、キングスのマイク・グッドマン博士に声を掛けられました。さらに電車の中では、MI6の研究で有名なフィル・ディヴィス教授にも出くわしてしまいました。ちょうど先月、ぎっくり腰のために教授のシンポに穴を開けてしまっていたので、この偶然の再会には冷や汗ものでしたが、「大変心の広い」教授は、そんなことは全くお構いなしに最近の自分の研究について話しておられました。そして最後に一言、「原稿は必ず5月中に」と。・・・そうでした、私、教授の共著に寄稿する約束だったんです。教授の気迫に押された私は、つい「こ、今度こそばっちりですよ~」と心にもないことを言ってしまいました。
 会場のGreynog はそれは素晴らしい、ウェールズの田園風景のど真ん中にありました。このK田一少年の事件簿の舞台になりそうなマナーハウスに3日間こもって、ひたすらインテリジェンスの議論をしようというのですから、イギリスでのインテリジェンス研究の熱心さが窺えます。ケンブリッジのアンドリュー教授も、「毎回ここに来るのを楽しみにしている」とおっしゃっていました。参加人数は100名強ほどでしたでしょうか。大多数の参加者は、ケンブリッジ、キングス、アベリストウィス、ブルネルの関係者だった感じですが、その他、EU諸国はもちろんのこと、イスラエルやアメリカ、カナダ、オーストラリアからの参加者もちらほらおり、これは情報史研究の分野において、イギリスが世界の中心であることを物語っているような気がしました。あと学生はほとんどいませんでしたが、実務者の方も何人か見かけました。
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 3日間のプログラムについてここで延々と書くわけにもいきませんので、いくつか印象に残ったものを取り上げますと、やはり最初の基調討論会が最も豪華なものでした。これは英米政府公認のオフィシャル・ヒストリアンである、クリストファー・アンドリュー (MI5)、キース・ジェフリー (MI6)、マイク・グッドマン (JIC)、ローレンス・フリードマン (Falkland War)、マイケル・ワーナー (CIA) らによる討論会で、各々がオフィシャル・ヒストリーを書く意義や、その苦労話についていろいろとお話しされていました。話の内容はどれも大変興味深かったのですが、秘密のベールに包まれていたJICのオフィシャルは2010-1年出版予定になったこと、MI6のオフィシャルは2巻構成で、第1巻が1909-39年、第2巻が1939-49年までを扱うということを知りました。またCIAのオフィシャル・ヒストリアンであるワーナー博士は、最近のヴェノナ文書にも言及され、まだ公開していない文書が大量に眠っており、これらの公開については未定であるそうです。
 今回、私は単なる一聴講者として参加していましたので、お気軽なものでした。アメリカの暗号研究の第一人者であるデヴィッド・カーン博士と、実際に暗号解読に携わられ、現在は研究者として名高い、マイケル・ハーマン教授などが激しく議論されているシーンなどを拝見していて、「まるで竜虎の戦いだなぁ」などと能天気になっておりました。ところが2日目にはカルガリー大学のジョン・フェリス教授による、1940年代のイギリスの極東インテリジェンスに関する報告があり、教授は過去に私が書いたものを取り上げ、「1941年の極東におけるインテリジェンス能力は、日本>イギリス>アメリカの順ではなかったのか?」とのんびり構えていた私に議論をふっかけられましたので、私も否応なしに討論に参加する羽目になってしまいました。私は、それはちょっと日本を過大評価しすぎなのでは、ということと、前回、シンガポールの項でも書きましたように、コミンテルン要素も考慮しなければならない、ということを指摘しておきました。
 またJICに関しても、グッドマン博士やハーマン教授、ディヴィス教授などによる報告があり、興味深いものでした。特にディヴィス教授の報告はアメリカ流の政治学の手法でJICの変遷を詳細に分析したものであり、今後の研究を進めていく上で大変参考になったと思います。
 今回、3日間、研究者や実務家と顔を突き合わせていましたので、かなりの方と意見交換する機会にも恵まれました。やはりこういう場では、英語で書いた論文や著作がものを言います。これが日本ですとまずは「〇〇大学の〇〇です」と言うわけですが、こちらではあまりそういった話にはなりません(大学院生であれば、「〇〇大学の〇〇先生がスーパバイザーです」という話は聞きますが)。ましてウェールズまで来て「日本の〇〇大学の者です」と言っても多分全く話が通じないと思います。以前、オクスフォードやケンブリッジでのちょっとした立ち話の折、「この間日本から〇〇という教授が来て講演をしていったが、彼は日本では有名なのか?」という話になりまして、その方のお名前を伺った所、日本では大変高名な政治学者の方であることが判りました。ところがこちらでは英語で書かれたものがないということで、「結局彼はどういう研究者だったのだろう」、というような話になったそうです。
 今回の大会を通じて、イギリスのインテリジェンス研究のレベルの高さを再実感しました。以前は「日本の研究水準もいつかイギリスのように…」と無邪気に考えていましたが、どうもこれは叶わぬ夢となりそうです。

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「オフィシャル・ヒストリアン全員集合」の図
by chatnoir009 | 2009-05-05 02:56 | インテリジェンス